今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、和歌山県立自然博物館の学芸員、川上新一(かわかみ・しんいち)さんです。
川上さんは1966年、大阪生まれ。筑波大学大学院・生命環境科学研究科・博士課程終了。生物科学の博士。専門は粘菌類の分類など。あの世界的な博物学者、南方熊楠も魅了した「変形菌」にすっかりハマり、現在は和歌山県立自然博物館の学芸員としてご活躍されています。
そして先ごろ、川上さんは研究の集大成ともいえる写真集を出されました。タイトルはずばり、『変形菌』。多種多彩で不思議な世界を見られる豪華な本なんです。そこで今回は、宝石のように美しく、生態がとてもユニークな変形菌のミステリアス・ワールドにご案内します!
※例えば、蝶々も卵から幼虫になって、サナギになり、そして美しい成虫となりますよね。実は、それと同じくらい、もしかしたらそれ以上に、変形菌は成長の過程で驚きの変身を遂げるそうなんです。
「なかなか聞き慣れない名前だとは思うんですけれど、字の通り、いろんな形に変わっていくんですね。それがひとつの特徴になっています。例えば、“アメーバ”っていう細胞を作るんですね。自由に形を変えられる細胞なんですけれども、そういうものを作ったり。あと、専門用語で“子実体(しじつたい)”っていうんですけれども、小さなキノコのような形を作ったりもします。それから、“鞭毛(べんもう)”という、尻尾のようなものを作って、水の中を泳いだりします。また、風を利用して子実体から“胞子”という、植物でいうタネみたいなものを飛ばすことができるんですね。なので、それが空気中に漂っていたりもします」
●へぇ〜! じゃあ、もしかしたらこのスタジオの中にもいるかもしれないんですね!
「そうですね」
●結構、私たちの身近にいるものなんですか?
「実は身近にいるんですね」
●だいたい、日本で何種類ぐらいいるんですか?
「だいたい500種以上いますね」
●そんなに!? ちなみに、世界中には何種類ぐらいいるんですか?
「世界だと900種以上いると言われています」
●ということは、変形菌の種類の半分以上は日本にいるんですね!
「そうですね」
●先ほど、変形菌は“動く”という話がありましたが、どんなふうに動くんですか?
「はじめに言いましたように、アメーバっていう細胞を作るんですね。そのアメーバっていうのは自由に形を変えながら動いていきます。そして、胞子から発芽して小さなアメーバが出てくるんですね。1ミリの100分の1の大きさなんですけれども、それがちょっとずつ動くんです。バクテリアを食べて、だんだん分裂して増えていくんです。そしてある時、アメーバにもオス、メスのようなものがありまして、それらが出会うと互いにくっつくんですね。くっつくと、ひとつの大きなアメーバになります。それがだんだん大きくなると、“変形体”というものになります。そうなると、我々の肉眼でも見えてきます。そしてその変形体もまた、動いていくんです」
●変形体の状態ではどういうふうに動くんですか?
「落ち葉の上とか、倒木の上を這っていくように、時には網目状になったり、時には塊の状態で動いたりします」
●私、そんな生き物、見たことないですよ! そんなふうに倒木の上を移動している生き物がいるんですね!
「そうなんですね。なかなか気づかないで森の中を歩いておられる方が結構多いと思うんですが、倒木や落ち葉をじっくり観察してみると、這っているやつが見えてきます!」
●どれくらいのスピードで動くんですか?
「非常に遅いんですね。1時間に数ミリぐらいしか動かないんです」
●じゃあ、1時間ずーっと観ていると、“あ、ちょっと動いたかな!?”ぐらいのスピードなんですね。
※川上さんは変形菌のどんなところに惹かれたんでしょうか。
「まずひとつは、実際に見てみると綺麗だったり、形がおもしろかったりと、ビジュアル的にはそんな印象でした。もうひとつはやはり、色々と形が変わると、“どういう生活をしているのかな?”とか、“どういう食べ物を食べているのかな?”とか、そういった生態的なことにも興味を持ちましたね」
●おそらくリスナーの皆さん、“変形菌が美しい”と聞いてもピンとこないと思うんですけど、実は川上さんが出された本『変形菌』に載っている変形菌は、本当に美しい…! 宝石みたいですよね!
「種類によっては、そうですね」
●虹色のようなものもありますし、ちょっとオレンジ色に光っているようなものもありますし。…これ、実際に生で見ても、こういう美しい色合いをしているんですか?
「そうですね、顕微鏡とかルーペで見ると、虹色に見えたり瑠璃色に見えたり、すごくビビッドな赤い色だったり、オレンジだったりというふうに見えますね」
●今まで見た中で一番、“うわっ、この変形菌、美しい!”と思ったのは何ですか?
「一番すごい印象深かったのは、“トーマスジクホコリ”という種類ですね。それは胞子が入っている“子嚢(しのう)”という部分が金色に光っていまして、その下の部分のオレンジ色も鮮やかで、その対比がすごくおもしろかったですね。実は、それを変形体の状態で持って帰ったんですよ。大きなアメーバの状態ですね。それが朝、起きた時にそういう色や形に変わっていたんです。ですので、“こんなに形が変わって、そんな色になるんだ!”っていう、そのギャップがすごくおもしろいなと思いましたね」
●一夜にして、そんなに全く形が変わってしまうものなんですか?
「そうなんです! 結構、夜の間に変わったりするんですね」
●へぇ〜! サナギが蝶になるみたいに、全然違う形になるっていうのは、すごく神秘的ですね。その“変わる過程”がすごく気になるんですけれども、なんとなくイメージ的には、エイリアンみたいにグワァーッと盛り上がって丸い頭が出てくるような、あんな感じなんですか?
「そうですね。変形体、つまり大きなアメーバが分かれていって、頭が出てくるような感じですね」
●それって、私たち素人でも顕微鏡で一晩観てたら、その変化って観察できるものなんですか?
「はい、観察できます」
●見てみたい! 私、スタジオジブリの作品が好きなんですけれども、『もののけ姫』に出てくる、森の木霊がニョキニョキっと出てくるような、そんな感じが観察できるってことですか!?
「できますね。カメラを設置して、例えば1分間おきに連続写真を撮っていくと、結構おもしろい映像になったりしますね」
※多くの人を夢中にさせる変形菌ですが、そもそもなぜ、変形菌は「変形」するようになったのでしょうか。
「実は粘菌(「変形菌」のこと)っていうのは、我々よりもずっと古くから生きているんですね。ひょっとしたら何億年も前からいるんじゃないかとも言われているんですが、いろんな環境に適応してきて、こういうふうにいろんな形に変わることによって生き抜いていくという、ある意味、知恵を身につけたといいますか、サバイバル術を身につけてきたと思うんですね」
●ああ、なるほど。じゃあ祖先をたどると、 最初はもしかしたら動かないような変形菌もいた、ということですか?
「もともとは、おそらくアメーバだけだったと思うんですね。それがチョロチョロ動いていたんだと思いますが、それがある時、大きなアメーバを作るっていう進化をたどって、その後に胞子や子実体を作る、つまり小さなキノコのようなものを作るというものが、進化の途中で現れたんじゃないかと思います。
胞子になると、それが風で飛ばされることによって分布を広げることができるんですね。先ほど、種類数が世界で900種類って言いましたけれど、キノコとかに比べるとすごく種類数が少ないんです。その理由は、ひとつは胞子をすごい距離まで飛ばせるので、世界的に分布している種類っていうのが結構多いんですよ。なので、(同じ種類が多くて)種類数としては少ないんです」
●種類数が少なくても、生き残ることができたということですね。…エリートですね!
「(笑)。まぁ、それだけやっぱりいろいろとサバイバルをしてきたんですね。ずっと単細胞なんですけれども、色々と形を変えて、“こうやって生きていけば、サバイバルができるんだ”というふうに思ったのかもしれません。“究極的な存在”なんじゃないかと思いますね」
●なるほど。ちなみに、これだけ色が綺麗なのは何のためか、というのはわかっているんですか?
「そうですね、例えば胞子は赤だったり黒だったりするんですけれども、ひとつは、“胞子を紫外線から守るために、色をつけている”っていう話があるんですね。黒っぽいのは、実はメラニン系の色素で、紫外線が細胞に影響しないように、色素が発達したんじゃないか、ということです。赤いのは、例えばカロチノイド系の色素で、これも紫外線に抵抗のある色素と言われています。そういうものを、サバイバルをしていく中で身につけていった、ということなんですね」
●UV対策をしている、ということですね! すごいなぁ…
一同「(笑)」
※実際に変形菌を探して見てみると、こんなに魅力があるそうですよ。
「純粋に森の中に入っても、どういう粘菌に出会うかはわからないんですね。例えば植物だと、“この森にはこういう植物がいる”っていうのが大体わかってきたりするんですけど、粘菌の場合はですね、よく行くところでも、今まで全然見なかったのにいきなり違う種類が見つかったりとか、そういうのがよくあるんですね」
●それは何故ですか?
「基本的に小さい生き物なので、見過ごしているっていうこともあるということと、あとは胞子が飛んで遠くまで運ばれますので、たまたまそこに落ちたものが増えて、我々の目に止まるっていうことがあるんですね」
●環境の変化によって、いなくなっちゃったり増えたりとか、そういうことも結構あるんですか?
「そうですね、秋にしか出ない種類とか、春の雪解けにしか出ない種類というように、季節的なものもありますし、あとは針葉樹の倒木にしか出ない種類とか、栗のイガによく出る種類、コケの上によく出る種類など、環境によって違う種類が見られたりしますね」
●結構、ピンポイントですね。
「そういった、特化した種類もありますね」
●先ほど、変形菌の種類は少ないとおっしゃいましたけれども、そうすると例えば、ピンポイントで今まで雪があったところがなくなってしまった場合、そこにしか出ない変形菌はいなくなる、貴重な一種類がいなくなっちゃうっていうことですか?
「まぁでも、胞子を飛ばしますので、雪の降るところにたまたま落ちれば、そこでまた増えることはできますね」
●ということは、絶滅の危機に瀕している変形菌というのはあまりいないんでしょうか?
「そうですね、なかなか見つからない種類っていうのはもちろんあるんですが、本当に“絶滅しそう”とか“絶滅した”など、そういうのはまだわからないんです。これからもっと詳しく調べていく中でわかってくる可能性はあるんですけれども、今のところはまだよくわかっていないですね」
●まだまだ謎だらけなんですね。でも、だからこそ魅力的なのかもしれませんね!
「そうですね。いろんな発見がまだまだ、これからいっぱい待ってるんだろうなと思いますね」
●では最後に、リスナーの家の庭にも変形菌がいるかもしれないので、ぜひメッセージをお願いします!
「小さな庭であっても、近くの公園であっても、落ち葉がいっぱい積もっていたりとか、倒木、それから切り株のようなものとか、そういうものに出てくる可能性がありますので、時々でも構いませんので、じっくり見ていただいて、そこから粘菌ワールドを広げていただければと思います。ぜひ、楽しみながら探してみてください」
風の谷のナウシカのセリフでこんな言葉があります。
「生きることは変わることだ 王蟲も粘菌も草木も人間も変わっていくだろう」
変形する事が生きる為の知恵だった変形菌。その姿から私たちが学ぶ事も多いかもしれませんね。
技術評論社 / 税込価格3,218円
多種多彩で、形も色も、想像を絶する変形菌のミステリアスな世界に溢れた一冊です。中には、この世のものとは思えない美しい種もいますので、ぜひ、あなたの目で確かめてみてください! 撮影は以前、明治神宮の森を案内してくださった、写真家の佐藤岳彦さんです。
詳しくは、技術評論社のHPをご覧ください。