今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、森林総合研究所の鳥類学者・川上和人(かわかみ・かずと)さんです。
川上さんは1973年、大阪府生まれ。東京大学・農学部卒業。現在は森林総合研究所の主任研究員として活躍中。メインの研究フィールドは小笠原諸島で、西之島にいる鳥の調査も行なっています。
そんな川上さんが去年出した本『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』が大人気で、重版を重ねるほど売れているんです。川上さんは、鳥が好きではないのでしょうか!?
※川上さんは『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』の中で、あのキャラクター「キョロちゃん」を、学者目線で考察しているんです!
「あのチョコボールの(パッケージには)鳥の絵が描かれているので、それについてちょっと考察をさせていただいたんですけれども、僕らの仕事っていうのは、“様々な過去の知見を合わせて、次にある未知のものを解釈していく”っていうことだと思っています。その中で、新しいものを発見するんですよ。そして、発見をした時に、僕らはそれを解釈しなきゃいけないんですね。なので、常に訓練というか、(解釈するという)癖がついちゃっているんですよね」
●それでキョロちゃんを訓練の材料にされたんですね。
「はい。なので他にも、鳥の絵が描かれていたら“この鳥はどういう生活をしているんだろう?”とか“この鳥の形にはどういう意味があるんだろう?”とかっていうのを、ついつい僕は考えてしまうんです。それを今回の本『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』の中では、キョロちゃんを対象にして、“この生物がいたとしたら、一体どういう生活をしているんだろう”というのを、目に見える形態から類推してみたい! っていうことが、書かれています」
●どんな生活をしていたのか、リスナーの皆さんにも少し説明していただけませんか?
「キョロちゃんの姿を見るとですね、いくつか特徴的なところがあるんですけれども、まず、目が前向きに2つ付いているんですよね。皆さんが鳥の顔をよく観たことがあるかはわからないんですけれども、例えばハトなんかを見るとですね、目は横側に付いているんですよ。
前向きに目が付いているのは、実はタカやフクロウなどの捕食者である場合が多いんですね。目が横に付いていると広い範囲が見られるので、それだけ捕食者を警戒することができると言われています。
これに対して、自分が食べる側である“捕食者”は、物を立体的に見るために目が前側に付いている、と言われているんですね。そう考えると、もしかしたらキョロちゃんっていうのは、食べられる側ではなくて食べる側の、恐ろしい捕食者かもしれない、っていう可能性が出てくるんですよ」
●キョロちゃんはクチバシが結構大きいのも特徴的ですよね。
「そうですね。そうすると、大きなものを丸飲みできますよね。例えば、皆さんはハシビロコウをご存知かと思いますが、ハシビロコウはとても大きなクチバシを持っていますよね。あの大きなクチバシで、大きめの魚や肺魚とかを捕まえて食べるんですけれども、そういう旺盛な捕食者なんですよね。もしかしたら、キョロちゃんもそういう性質を持っているかもしれない、ということが考えられます」
●そう考えるとキョロちゃんは結構、ワイルドな鳥なんですかね(笑)。
「そう考えられる一方で、実は、目が前向きに付いているということはですね、先ほど、物が立体的に見える、と言いましたけれども、立体的な場所に住んでいる可能性も考えられます。例えば森林の中に住んでいたとすると、立体的に見ないとぶつかっちゃうわけですよね。ですから、捕食者じゃなくても目が前向きに付く可能性というのは否定できないと思います。
例えば、それは人間もそうですけれども、霊長類なども目が前向きに付いていますが、それは捕食者だからではなく、立体的なところに住んでいたからだ、というふうに考えることができると思います」
●実際のところはどうなんでしょうね(笑)?
「そうですね、こういうことを考えておけば、万が一、野生のキョロちゃんに出遭った時にどういうふうに解釈すればいいのか、自分の考えが合っていたかどうかの答え合わせができる、というわけですね」
●そう考えると、かなり面白いですよね!
※東京都民の鳥といえば「ユリカモメ」ですが、川上さん曰く、東京都を代表するのにもっとぴったりな鳥がいるそうなんです。それは「メグロ」。一体、どうしてなんでしょうか?
「実は、僕が学生の頃に初めて研究をした鳥が、メグロという鳥なんですけれども、小笠原諸島の、今では母島列島にだけ住んでいる、すごく分布の狭い鳥なんですね。これが非常に面白い鳥なんですよ」
●どんな鳥なんでしょうか?
「皆さん、“メジロ”っていう鳥はご存知かと思うんですけれど、そのメジロよりも一回り大きいぐらいの、普通に見るとスズメぐらいの大きさの小鳥になります。背中側がオリーブ色で、お腹が黄色い、とても可愛い小鳥ですね」
●東京に固有種がいるっていうのもびっくりしました。
「実は鳥ってどうしても、翼があって移動性が強いということもあってですね、固有の鳥ってそんなに多くないんですね。東京都には固有の鳥っていうのが、今まで確認されている中でもともと4種類、陸の鳥でいました。ちなみにその4種類は全て、小笠原諸島の鳥なんですけれども、そのうち3種類がすでに絶滅してしまって、今、生き残っている、東京都固有の鳥というのがメグロだけなんですね。
そういう意味で、メグロは東京都のシンボルになるような鳥だと僕は考えているんです。ただ残念ながら、それが東京都の中でも小笠原諸島の母島列島にしか今はいないので、多くの東京都民が見たことがないっていうのが非常に残念なんです!」
●けど、やっぱり、東京都の鳥といえばユリカモメを思い浮かべちゃいますよね。
「今、東京都の鳥というのがユリカモメになっていて、そのことをご存知の方は多いと思うんですけれど、ユリカモメというのは東京都で繁殖しているような鳥ではなくてですね、冬場にだけ(東京に)やってくるような鳥なんですね。
そういう鳥に“東京都を代表する鳥”を任せておいていいのかっていうと、僕はちょっとそれはよくないんじゃないかと思うんですね。年間の半分だけしかいないような、旅行者みたいな鳥に任せておくのはちょっとなんだなと思います。それであれば、東京都にしかいない鳥であるメグロを、ぜひ東京都の鳥にして欲しいなと個人的には思っていますね」
●なぜメグロは今、母島列島にしか棲息していないんですか?
「それはすごくおもしろい疑問だと思うんですよね。小笠原諸島は日本だから、日本のどこかから来たんだろうと思う人がいると思うんですけれど、実はそうではなくて、メグロの祖先は南の方にいるんですね。おそらくサイパンとか、そちらのほうから分布してきました。そういう意味では、とても長い距離を飛んで小笠原諸島にやってきたはずなのに、その長い距離を帰ることはなく、小笠原諸島に定着してしまって、そこで移動するのをやめてしまった鳥なんですね。
メグロは空を飛ぶことができる、普通の小鳥なんですけれども、なぜか長距離の移動が嫌いで、今は母島列島の3つの島にしかいないんですね。そして、その3つの島で、お互いに交流がないこともわかっています。それはDNAを調べてわかったんですけれども、それぞれの島の距離というのが、狭いところだと4キロぐらいしか隔てられていないんですね。わずか4キロしか隔てられていないにもかかわらず、このメグロという鳥はその島間を飛んで移動することがないということがわかっているんです。“飛べるのに、飛ばなくなる”というのが、島の鳥の性質のひとつなんですけれども、とてもおもしろい現象だと思います」
●なんで、飛べるのに飛ばなくなっちゃうんですか?
「多分、ひとつはですね、“飛ぶ”ということがすごくコストのかかることだと思うんですよ。人間の多くの人は飛べないと思うんですが、飛ぶことは地上を歩くことに比べて、多分、何十倍もエネルギーが必要になる、大変なことなんですね。だから、飛ばずに済めば、その方が楽チンなんだと思います(笑)」
●そうなんだ! 鳥って悠々と飛んでいるので、そんなに飛ぶのが大変だとは思わなかったです。
「でも、普段から観察して見ると、ほとんどの鳥が普段、そんなに飛んでいないと思うんですよね」
●そう言われてみれば、そうかもしれないですね。
「例えば、カラスだって電柱や電線の上に止まっていたり、地上にいる姿っていうのはよく見ると思うんですけれど、飛ぶのは移動する時ですよね。何か食べる時も、空中で食べるわけでもないですし、休憩する時も、飛びながら休憩するわけでもないので、多分、基本的には足のつくところで楽をするのが好きなんですよ」
●確かに、鳥といえば“飛ぶ”と思っていましたけれど、そうでもなさそうですね。
「“飛ぶ”んじゃなくて、鳥といえば“飛べる”が正しいんだと思います。生活のほとんどの時間は飛んでいない、けれども飛ぶことができる、というのが鳥の性質だと思います」
※川上さんがメインの研究フィールドとしている小笠原諸島には、かつて、あの「スヌーピー」の様な形をした島があったんです。その名も「西之島」。東京の南に約1,000キロメートル、父島の西およそ130キロメートルに位置するこの島は、2013年に新しくできた島と繋がったことで、まるで横を向いたスヌーピーのような形になりました。
残念ながら、現在ではスヌーピーの形ではないですが、新しくできた大地でどんな生態系が営まれているのか、研究者たちの熱い注目を集めている、そんな島なんです。
そして実は、川上さんはそんな西之島に2014年と2016年の2回、海鳥の調査のために上陸しています。一体、西之島はどんな島なんでしょうか?
「もともとは、それほど大きな島ではなかったんですけれども、噴火によって溶岩が出て、以前と比べると大きな島になりました。もともとあった島というのが、海鳥がすごく繁殖していた島なんですね。それで私もその噴火の前に2回、調査に行ったことがあったんですけれども、その海鳥の繁殖地のほとんどがすでに溶岩に埋め尽くされてしまっていて、生物のいない大地が黒々と広がっているような、そういう場所でした」
●そこに調査に行くっていうのは、なんだかすごく大変そうですけれども、どうでしたか?
「この時の調査では、船で島の近くまで行って、そこでゴムボートに乗り換えまして、さらに島の近くまで行きました。そして、そこからウエットスーツを着て、泳いで上陸しました」
●冒険、探検みたいですね!
「そうですね、自分でもワクワクしますね(笑)!」
●上陸したら、どんな景色が広がっていました?
「景色よりも先に、まず印象的だったのが臭いなんですけれども、海鳥の臭いがすごくするんですよね。上陸した時は、浜辺にはそれほどたくさん海鳥がいたわけではないんですけれども、まずその臭いで、“あ、ここは普段、海鳥がたくさんいるところだ”っていうのがわかります。あれだけの噴火があったにもかかわらず、とてもたくさんの海鳥がここを利用しているんだ、ということがまずは印象として大きかったです」
●噴火してからそんなに経っていないのに、(海鳥は戻ってくるのが)早いですね!
「彼らは噴火によって繁殖する場所が、ゼロになったわけではないんですが、すごく狭くなってしまったんですね。それによって多分、一度は巣を作ることをやめてしまったんです。しかし、島から離れずに、島の上で状況が落ち着くのを待っているというか、休んでいる状態だったんだと思います。だから、一回(西之島から)いなくなって、それから再び戻ってきたんじゃなくて、あれだけの噴火があったのにもかかわらず、ずっとその島を使い続けていた、ということだと思います」
●他の島に行く、という選択肢はなかったんですかね?
「それは鳥の種類によるとは思うんですけれども、例えば他のところに移動すると噴火の影響というのはなくなりますけれども、行った先っていうのは、まだ自分が繁殖したことのない場所ですよね。そうすると、上手くいくかがわからないっていうデメリットがあるわけですよね。
一方、島に残るっていうのは、噴火がまだ収まらないかもしれないので、これももしかしたら火山の影響でダメになるというデメリットがあります。しかし、島に居残っていれば、そこは過去にも自分が繁殖に成功した場所なので、大丈夫だというメリットがあるんですね。移動するとメリットがあるし、デメリットもある。移動しなければ、やっぱりメリットもあるし、デメリットもある。ということで、鳥の種類によってどういう戦略をとるか、というのは違ったんだと思います」
●天秤にかけて、どっちの方がいいかなっていうことを選んだわけですね。
「“選んだ”というよりは、“そういう性質を持ったものが生き残ってきた”んだと思うんですよ。なので、これは種類によるんですけれども、例えばカツオドリという鳥の仲間は、比較的たくさんの島を使い続けていたんですね。
一方で、アジサシの仲間というのは、島から一時的にいなくなっていたんですね。鳥の種類によって、移動することで、それが利益になってきた鳥は、移動するように進化して、移動しないことによってうまくその種が存続してきた、というような鳥は、移動しない性質が受け継がれてきたんだと思います。
だからこれは、一時的な行動というよりは、何万年もかけて進化させてきた。その性質を“噴火”というイベントをきっかけに僕は見ることができたんじゃないかと思っています」
●とても興味深いですねぇ……! 進化の過程が、そこに凝縮されていたわけですね。
「“その長い歴史を感じることができる”“進化の歴史がわかる”というのが、生物の研究をしている一番の醍醐味だと思いますね」
※最後に、本のタイトルにもなっている、気になる“あのこと”を聞いてみました。
●こうやってお話を聞いていると、今回の本のタイトルに、『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』とありますが、なんか川上さん、結構鳥が好きなんじゃないかなと思うんですけど(笑)?
「そうですね。このタイトルをつけた後で“鳥が嫌いなのか?”って聞かれることがたまにあるんですけれど、タイトルを素直に読んでいただくと“鳥が嫌い”とは一言も書いていないんですよね。ただ、僕自身は鳥を飼ってもいないですし、実は大学に入るまで鳥に興味を持ったことはなくてですね、それこそカラスだって、目に入ることはあっても興味を持って見たことはないような状態だったんですけれども、大学に入って少し鳥に興味を持って、それで研究を始めたので、こういうタイトルをつけたんですよ」
●実際に鳥類学者になってみて、どうですか?
「やってみると、これがすごく面白いんですよね! 鳥のいいところっていうのは、例えば野生の脊椎動物で、普段見ることができる動物というと、実はそんなに多くないんですよね。野生の獣を普段、見ることってありますかね?」
●言われてみれば、ないですね。
「あんまり観察するチャンスはないですよね。爬虫類だと、まあトカゲぐらいは見ることもあるかもしれないですけれど、そんなに多くの種類は見られないですよね。そう考えると鳥っていうのは、普段生活しているとどこにでもいて、野生のものがすごく観察しやすい。そういう意味では、調査がしやすいんですね。しかも、人間との共通点がたくさんあるんですよ」
●ええ!? どんなところですか?
「例えば二足歩行するっていうのは、重要ですよね」
●ああ、そうですよね!
「二足歩行するのって、鳥と人間ぐらいですよね。しかも、例えば哺乳類は多くのものが夜行性で、臭いを使ってコミュニケーションをとるものが多いんですけれど、人間の場合は視覚を使いますよね。だからこそ、いろんな綺麗な服を着て楽しむんですけれども、鳥にもいろんな色彩があって、視覚を使ってコミュニケーションをとります。
あと鳥は、さえずりが綺麗ですが、これは声でコミュニケーションをとるということで、人間も音声でコミュニケーションをとりますよね。すごく共通点が多いので、ある意味、理解しやすい生物だと思います。人間が物を見る時と、すごく似た理由で鳥も物を見ていると思います。
その一方で、人間と鳥の一番大きな違いは、空を飛べるか、飛べないかという部分だと思います。そこで、まったく違う行動とか、まったく理解し難いことが起こってくるわけですけれども、理解できるところから入っていって、そしてその不思議な生活っていうのを頑張って考えることができるという、ちょうどいい距離感を感じる、そういう生物だと僕は思っているんですね」
●普段研究されていて、一番鳥から感じること、教えられることってどんなところですか?
「僕にとって鳥っていうのは、キョロちゃんの話もそうですし、観て、その行動を考える“対象”なんですね。例えば“カラスが黒い”ということについては、なぜカラスが黒いんだろう、っていうことを考える。そして、本当かどうかはわからないけれど、それに対して色々と仮説を作ることはできるので、そういう楽しみがあります。
それは何にでもあって、“スズメのほっぺたには何で黒い点があるんだろう?”とか、“ニワトリは何で白いんだろう?”とか、なんでもいいんですよ! (鳥は)そういう、身近な不思議を感じさせてくれるきっかけになる、そういう存在なんですね。そして、そんな鳥について“考える行為”っていうのが、実は僕は好きなんです。なので、“鳥が好き”というよりは、鳥について“考えること”が好きなんですね」
●鳥を通して、いろんな世界を見ているんですね!
「そうですね。特に、鳥って1億5千万年ぐらいかけて進化してきた、というふうに言われているんですけれども、その進化の歴史を考えるというのが、一番の楽しみですね」
架空のキャラクターでも目の位置やクチバシの形で、その生態や生息地を考察する事が出来るんですね! どんな事でも興味や好奇心を持って突き進めば、そこには新しい世界が広がる事を今回、川上さんと鳥たちに教えて貰った気がします。
新潮社 / 税込価格 1,512円
重版を重ねるほどの人気を誇るこの本は、タイトルもユニークですが、内容はもっとユニーク! ユーモアいっぱいの文章で楽しく読めます。何度も笑ってしまう、まさに抱腹絶倒の本です!
詳しくは、新潮社のオフィシャルサイトをご覧ください。