今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、シャーク・ジャーナリストの沼口麻子(ぬまぐち・あさこ)さんです。
沼口さんは1980年生まれ。東海大学・海洋学部から大学院に進み、在学中は小笠原諸島周辺の海域でサメの調査に没頭。現在は世界でただひとりの「シャーク・ジャーナリスト」として、世界中のサメを取材し、サメの魅力を発信しています。そして先ごろ、渾身の一冊『ほぼ命がけサメ図鑑』を講談社から出されました。
今回はそんな沼口さんに、まだまだ謎だらけのサメの生態や、その魅力についてうかがいます。
※一体なぜ、サメにハマってしまったのでしょうか。
●女性だと、同じ海の生き物でもクジラやイルカなどにいきがちじゃないですか(笑)。
「そうなんですよね〜。私は大学が東海大学海洋学部というところだったんですけども、やっぱり“生き物をやりたい!”っていうと、女性の9割ぐらいはイルカかクジラという感じなんですね。私も入学した時に、“イルカとかクジラは人気があるし、面白いのかなぁ”と思って、1年間ぐらいいろいろ調べていたりしたんです。
その一方で、サメっていうと怖いイメージがあると思うんですけど、いろいろ調べていったら、全然怖くなくて、人も襲わないし多様性もすごいしで、イメージのサメと本当のサメとのギャップや深い溝があるっていうところに面白さを感じて、“サメをやっていこう”って思ったんですね」
●ギャップ萌えしちゃったんですね!
「本当にそうだと思います(笑)」
●でも、ついつい私たちは映画『ジョーズ』に出てくるサメのイメージがあるので、サメが人を襲わないっていうのにはびっくりですね!
「本当に“イメージ”なんだと思うんですよね。“人喰い”ってきたら、“サメ”みたいな。本来ならサメと同じような生態を持っているイルカを“人喰いイルカ”って言ってもおかしくないと思うんですけど、多分メディアで“サメは怖くて気持ち悪い”、“イルカは人と友達、可愛い”みたいなイメージをつけているので、そういうふうになっちゃうと思うんですね。
ただ、サメもイルカも食べている物は一緒ですし、遊泳能力もそんなに変わらないので、危険度は多分、同じくらいだと私は思っています。だから、サメが怖いならイルカも恐れて欲しいな、というのが本音です(笑)」
●じゃあ今回は、そんなサメの誤解をたくさん解いていきたいなと思うんですが、沼口さんは先ごろ『ほぼ命がけサメ図鑑』という新刊を出されたんですよね!
「そうなんです、講談社さんから初めての本を出させていただきました」
●襲われないけど、“ほぼ命がけ”だったんですか?
「実際に私はサメをターゲットにして、サメと同じ海域に入って撮影したりするんですけど、一度も襲われたことがないどころか、私がカメラを向けただけで、サメが遠くの方に逃げていってしまうことがほとんどでした。あと、サメ自体が個体数が少ないので、そもそもダイビングでサメを見にいこう、と言っても100%会えないですね。10回行って1回会えたらラッキーくらいなサメもいるので、そういう中でサメ図鑑を書いてみました」
●そうなんですよ、私もダイビングが趣味なので海に潜るんですけど、サメに一度も会ったことがないんですよ! それはちゃんとインストラクターの方が、(サメは)危険だから、そういう所を避けてくれているのかなと思っていたんですけど、本当はそうじゃなくて、サメのほうが私たちを避けてくれていた、ということなんですね。
「そうですね、だいたいダイビングだと“ボコボコッ”と息を吐いた際に泡がすごく出るじゃないですか。あれがサメは怖いみたいで、あれがあるとサメも結構逃げていく様な気がしますね」
●結構、怖がりなんですね。
「そうですね。サメから見たら多分、人間っていう生き物自体、見るのが初めてっていう場合も多いので、私たちが庭先で宇宙人を見るのと同じような感覚なんじゃないかな、と個人的には思っています」
●じゃあ、研究したり調査するのも大変そうですね。
「大変ですね! サメは魅力的な生き物なので、サメの研究をしたいっていう人たちはすごくたくさんいると思うんです。ただ、実際にサメの研究者っていうと、やっぱり魚類の中でもかなりマイナーな分野なんですね。それはなぜかというと、例えばイワシの研究をする時に、1000匹のイワシを集める労力と、1000匹のホオジロザメを集める労力の違いだと思うんですね。サメの場合は、まず1000匹集めようと思っても、1年間1匹も出会えないで終わる可能性もあるんですよ、どこにいるかもわからなかったりするんで。だから、なかなか研究するにも取材するにも、サメは手強い相手ですね!」
※一口に「サメ」と言っても、いろんなサメがいるそうです。
「“サメ”っていうのは、種名じゃなくてグループの名前なんですね。例えばライオンは哺乳類グループじゃないですか。そんなふうに、まずは“サメ”っていうグループがあって、その中に500種類以上のいろんな生き物がいる、というイメージをしていただきたいです。
それで1970年代の、世界中の人が知っている映画『ジョーズ』のモデルになったのは、その500種類のうちの1種類である、ホオジロザメなんです。ですから、哺乳類でいう“ライオン”みたいなものなんですね。そうすると、哺乳類のグループの中には例えばハツカネズミやカモノハシ、キリンやカバがいたり……。そんな感じでサメのグループも、ものすごく多様性に富んでいるんですね」
●なるほど! じゃあ、私たちがイメージしているサメは本当にごく一部なんですね!
「500分の1のサメを恐らく想像しているんだと思います。サメっていうと、すごく大きいイメージがあると思うんです。例えばプランクトンを食べるジンベエザメは17メートルぐらいになると言われています。でも、とってもおとなしかったりするんですね。
人を絶対に襲わないサメだったりもいますし。はたまた、小さいサメですと手の平に乗るくらいでもう大人の大きさの、ツラナガコビトザメっていう種類もいますね。あとは、本当に古代から形が変わっていないんじゃないかと言われている、ラブカという種類ですね。古代ザメみたいなイメージのサメです」
●どんな見た目なんですか?
「学名はウナギみたいな名前がついているくらいニョロニョロしていて、最大で1.8メートルになる、深海性の茶色いサメですね」
●それは今までイメージしていたサメと全然違いますね(笑)!
「目の色もすごく綺麗なエメラルドグリーンですし、ラブカが面白いのは、妊娠期間が3年半なんです!」
●へぇ〜!
「子供を妊娠して産むまでにお腹の中で3年半育てるので、確か脊椎動物の中では一番妊娠期間が長い生き物だったと思います」
●生態も全然違うんですね。
「そうですね、サメによって全然違いますし、そもそもサメの生態自体は全く解明されていなくって、わからないことも非常に多いんですね」
●なんでも、“歩くサメ”もいるそうですよね!
「そうなんですよ。これはパプアニューギニアとかあの辺りにしかいないんですけれども、サメっていうと泳ぐイメージがあったんですけど、そこで進化していったサメはサンゴ礁の上を、コモドドラゴンみたいな感じで、胸ビレと腹ビレを交互に動かして、本当に水中で歩いているんですよ! それがすごく可愛いのと、日本では見られないので絶対に見たいなと思って、パプアニューギニアまで行ってきました。やっぱり、可愛いですね! 美しいし、可愛いし!」
●何ていう種類の、どんなサメなんですか?
「『ほぼ命がけサメ図鑑』に載せたのは、ミッシェルエポレットシャークっていう種類で、全身ヒョウ柄なんです。あんまりサメって派手な模様は少ないんですけども、このサメはヒョウ柄ですね(笑)」
●ヒョウ柄で歩いているんですね(笑)。
「それが不思議なことに、パプアニューギニアのたくさんのサンゴの中で歩いていると、見えないんですよ!」
●ええ〜!? すごい目立ちそうなのに(笑)!
「目立ちそうなんですけど見えなくて、すごく細いウツボみたいな感じの長さなんですね。でも、あのサンゴ礁の中だとウツボみたいな形とか、エポレットシャークのような形って、恐らくすごく適応しているんだろうなと思いましたね」
●見つけた時は、嬉しかったんじゃないですか?
「そうですね、もう30分ぐらい正座して見ていました!」
※サメといえば2016年、深海に400年近く生きるサメがいることがわかった、というニュースが話題になりましたよね。体長は5〜6メートルほどらしいですが、見た目は普通のシャープなサメとは違い、丸みを帯びた、ヌボーッとした感じのサメなんです。
それまで、脊椎動物の一番の長寿がホッキョククジラの211歳なので、大幅に記録を更新したんですね! しかし、一体なぜ年齢がわかったのでしょう?
「正確に言うと、グリーンランド辺りに住んでいるニシオンデンザメっていう種類で、最近の新しい手法で年齢査定をしたら400歳だったんですね。それがなぜ、今までわからなかったかというと、深海のサメっていうのは骨がとても柔らかくて、(骨に)年輪すらも入らないので、スライスしても何も出ないんですね。なので、従来の手法では骨からは年齢がわからなかったんです。
普通の魚だとウロコだったり歯だったりから年齢がわかったりするんですが、サメの場合は歯とかウロコが、生きている間ずっと生え変わったりして落ちていってしまうので、そこに年輪が刻まれることはないんですね。なので、唯一の背骨、脊椎骨が使えないとなると、なかなか年齢がわからないんですね。ですから、科学の発展とともに、段々わかりつつあるのかな、ということですね」
●そういうことだったんですね! そして、歯はどんどん抜け替わっていくんですね。
「サメの場合は、生きている間はずっと生え変わるので、一生の間に7万本くらい生え変わっているサメもいるんじゃないかとも言われていますね。それがまたサメの魅力だったり、また化石とかを見ると、サメの歯っていうのが結構各地から出てきまして、それもやっぱり昔からサメが同じように歯を交換していた証拠なのかな、とも思っています」
●そういったサメの生態は興味深いですよね。例えば、繁殖の方法にはどんなパターンがあるんですか?
「サメは本当に繁殖についてはすごく面白くて、いろいろあるんですけど、例えば卵を産むサメっていうのは全体の3割で、7割は赤ちゃんをそのまま産む、つまり母サメのミニチュアがそのまま出てくる感じですね。外見から見ると、その2パターンに大きく分かれます。
そしてさらに、その胎生のほうのサメの中には、お腹の中で共食いするバージョン、胎盤をつくって哺乳類みたいに、へその緒を通じてお母さんから栄養供給をされているとか、またはお腹の中で子宮内にミルクが染み出てきて、それをチャプチャプ飲みながら成長するサメとか、種類のよっていろんなパターンがあるんです。それはまだまだ解明されていないので、サメを研究するところでも一番面白い分野だったりします」
●食べ物は、小魚を食べたりとかしているんですか?
「それも種類によって違うんですけども、ネコザメっていう、ちょっと可愛い感じのサメがいて、それはウニとかサザエとか、結構高級志向なんですね(笑)」
●グルメですね(笑)。
「あとはプランクトンを食べるサメだったり、ホオジロザメだったりすると、小さい時はマグロやカツオといった、ある程度大型の魚類を食べて、かなり体が大きくなってくると、アシカやアザラシを襲うようになったりと、サメの種類によっても食べる物が全く違うようです」
●ちなみに、人間を食べるサメっていうのはいるんでしょうか?
「いわゆる“人喰いザメ”と言われているんですけど、人喰いザメの定義が“人を専門に襲うサメ”だとすると、そんなものは世の中に存在しないんですね。そもそも、人間自体が海の中に存在する生き物ではないので、そういうサメはいないと私は思っています」
※実は歴史を紐解いていくと、私たちはサメに大変お世話になっているそうなんです。最後に沼口さんに、私たち人間とサメの関係についてうかがいました。
「日本は漁業大国なので、漁獲対象としてサメというのをターゲットにしていたという歴史はあります」
●なんでも、縄文人もサメを食べていたって、本当ですか?
「そうらしいですね。貝塚みたいなところからサメの骨が見つかっていたりと、かなり古くから食べていた痕跡はあるんですね」
●フカヒレは私も何回かですけど食べたことがあるんですが、それ以外の部分って食べたことがないので、どんな味がするのかは興味があるんですよね。
「サメのお肉は練り物によく使われていて、例えば築地市場っていうと、今はマグロが水揚げされているイメージがあると思いますが、一昔前はそこがもう、一面サメだったくらいの時期もあって、その当時は築地市場の周りが全部カマボコ屋さんだったんですね。それは、サメのお肉を全部カマボコにしていた、という歴史があります。なので、サメを食べたことがないという人ももしかしたら、ハンペンとかカマボコの中に知らず知らずのうちに入っていて、それを食べているっていうことはありますね」
●それがどうして、今ではあまり食べられなくなってしまったんですか?
「今ではもう、輸入の魚のほうが安くなっているんですね。なので、わざわざ日本で漁獲するよりも、例えばグチとかスケトウダラといった安い魚を持ってきて、切り身やすり身にするほうがコスト的にいいので、そっちが主流になっているそうです」
●それでも、今でもフカヒレとして食べられたり、あとは食べ物をおろしたりするときにもサメ肌を使ったりしていますよね。
「そうですね。サメとか、あとはエイの種類だったりもするんですけど、昔は剣道の道着とか、さらに昔だと刀の柄(つか)にも使われていました。そういうふうに全部使っていたので、昔は結構サメと親しみがあったんですけども、今ではあんまりないかもしれないですね」
●そうなってしまうと、映画『ジョーズ』のイメージだけで、怖い海の生き物、ということになっちゃいますね。
「そもそも昔にかなり漁獲していたので、資源量自体も結構減っているサメも多いんですね。なので、例えば先ほどサメが400年生きるという話がありましたが、それが成熟するのを逆算すると、160歳でやっと交尾して子供が産めるそうなんです。ということは、仮に160歳よりも前のサメを私たちが漁獲していっぱい食べていたとすると、数十年経った今どうなっているかっていうと、サメはいなくなっているわけですよね。
なので、もしかしたら昔よりもサメと私たちはちょっと遠い存在になっている、もしくはそもそもサメ自体が生態系の中から消えつつある、ということもあるのかもしれないですね」
●そうなってくると、私たちはサメとこれからどういうふうに関わっていくのがいいんでしょう?
「そうですね……そこはすごく難しいですね。やはりサメというと“人喰い”というイメージがあるんですけど、実際はもともと人間との関わりもあるし、絶滅しそうなサメも何種類かいるし……。かと言って、まだ食文化として漁獲されているサメもいるし……。そういう大枠を自分の中で“サメってこうなんだ”というのをインストールして、それから私たち個人個人がサメとどう向き合わなきゃいけないのかっていうことに、それぞれ答えを出して行動してもらえれば一番いいのかなと思います」
今まではサメと言えばジョーズ!でしたが、歩くサメに400歳まで生きるサメまで、本当に想像を超えるような様々なサメがいたんですね。これからはもっと多様なサメの世界を楽しむ事が出来そうです。
講談社/税込価格1,944円
第1章は、サメに関する素朴な質問に答えた「サメのよろず相談室」。第2章は、沼口さんが身をもって体験したサメを、図鑑仕立てで紹介。第3章はサメにまつわる豆知識など、サメに関する体験記事が満載! まさに、サメを愛する沼口さん渾身の一冊です!
詳しくは講談社のオフィシャルサイトをご覧ください。
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