今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、写真家・秦 達夫(はた・たつお)さんです。
秦さんは1970年生まれ、長野県飯田市出身。写真家・竹内敏信さんのアシスタントを経て、1999年に独立。屋久島や尾瀬ほか、アラスカやニュージーランドなど、国内外のフィールドで撮影されています。
そんな秦さんが、屋久島が世界遺産に登録されて25周年を迎えた今年、『屋久島 Rainy Days』という写真集を出されました。そこで今回は雨の多い、特殊な気候が織りなす屋久島の魅力やオススメの絶景スポットなどうかがいます。
※屋久島には50回以上も通っているという秦さん。通うようになったきっかけは何だったのでしょうか。
「一番最初は、大きな仕事が急にドタキャンを食らって、それで“くさってても、しょうがないな。これはきっと、どっかに行って来いっていうことなんだな”と思ったんですが、どこに行こうか迷ったんです。そこで、“じゃあ、屋久島に行こう”と思ってでかけたんですね。それがひとつのきっかけになります」
●きっかけは傷心旅行だったんですね(笑)。
「仕事の傷心旅行ですね。あの時は、仕事をドタキャンされたことについては“なんだよ!!”と思いましたけど、でもそれがきっかけとなって、こういうことになったので、そこはすごく感謝していますね」
●そうして、たまたま行った屋久島ですけれど、そこまで通い続けることになっちゃった、ハマった理由は何なんですか?
「最初は屋久島の森にカメラを持って出かけたんですけれど、“ここの森、凄いな!”と単純に思ったんですよ。一番最初に行った時も、本当にじゃんじゃん雨が降る中でしたけど、白谷雲水峡(しらたにうんすいきょう)という場所があるんですが、山小屋に荷物を置いてカメラだけ持って森の中をどんどん登って行ったんですね。それで4時間ぐらい写真を撮りながらずっと登っていって、次第に暗くなってきたので、“日没になるな”と思って、慌てて小屋に戻ろうとしたんです。そしたら、4時間かけて登ったところが20分ぐらいで着いちゃったんですね」
●えっ!?
「だから、20分の距離を僕は4時間かけて写真を撮っていたんです。それだけ被写体も豊富だし、森の魅力がたくさん詰まっていて、“この森は凄いな!”っていうのが、最初の印象ですね」
●撮りたいところがいっぱいあったんですね!
「もうね、右見て左見たら、またすぐに撮りたいものがあるというような感じでしたね」
●どんなものがあったんですか?
「やっぱりですね、木の形ですよね。まっすぐな木はほとんどないんですよね。それは昔、人間がまっすぐな木は伐ってしまったので、くねくね曲がった木だとか(が多いんですよ)。そして、それらが全て、めちゃめちゃデカいんですよね。そういったものの形や、雨が降っている森の雰囲気っていうのは、もう絶対に病みつきになる風景だと思いますね」
●実は私も、屋久島に9年近く前に行ったことがあるんですけれど、緑が瑞々しいですよね!
「そうですね。本当に豊富な水があるおかげだと思うんですが、活き活きとした緑が多いですよね。杉の木っていうのは針葉樹で常緑樹なので、結構かたい緑だったりするんですが、でもそれがコケの緑とのコントラストで凄く綺麗に見えるんですよね」
●ちょっと復習なんですが、なぜそこまで屋久島は雨が多いんですか?
「屋久島っていうのは、黒潮の上にそびえ立つ島なんですけど、黒潮っていうのは暖流なんですね。赤道の方から暖かい海流が流れてくるんですけど、それが湿った空気を一緒に運んでくるんです。その湿った空気が島の山にぶつかって、その空気が上に持ち上げられるんですけど、そうすると今度はその空気が冷やされて、雲になって雨になるんですね。
隣の種子島っていうのは平らな島なので、あまり雨が降らないんですが、屋久島には高い山があるから雨が降る、というようなメカニズムがあるんですよ」
●小学生の頃、海の水が水蒸気になって雲になって、それが山に当たって雨になって、その水が流れてきて……なんてことを習ったことはあるんですけど、実際にそれを目の当たりにする機会っていうのはあまりないですよね。なかなかイメージできなかったんですけど、屋久島に行くとそれがわかりますね!
「それを目の当たりにするというか、目の前でそういう現象を見ることができるので、それが屋久島の山を登り始めるきっかけになっていたりするんですよね」
※秦さんの最新写真集のタイトルにも『屋久島 Rainy Days』とあるように、雨の日が多い屋久島。そんな屋久島の雨を、秦さんはどんなことを思っているのでしょうか。
「やっぱり雨っていうのは、凄い魔法の力を持っているんじゃないかなと思っているんですね。全然雨がない時よりも、雨が降っている時の森の表情の方がとても変化があるので、雨っていうのは(写真の)表現方法としても大事だし、その森で生きている植物たちにとっても大事なものだと思いますね」
●特に忘れられない雨のシーンはありますか?
「難しいですね(笑)……。屋久島は天候の変化っていうのが凄く激しいんですよね。雨がジャーっと降っていたと思ったら、すぐ晴れたりとかするんですけど、雨と晴れの狭間の時間帯っていうのが、めちゃくちゃ綺麗なんですよ! 光が差し込むと、降っている雨が空中で輝くんですよね。そのシーンっていうのは、やっぱり綺麗ですよね、忘れられないというか…。
ぜひみんなにもそういうところを見て欲しいなと思うんですけれど、なかなかそれは、ここに行くと見られるっていうものでもないんですね。やっぱり雨の中、外にいないと、その狭間には出合えないので、天気が変わる瞬間っていうんですかね、その時間帯はめちゃめちゃいいと思いますね」
●雨と晴れの狭間かぁ……。都会にいると意識しないですもんね。じゃあ、屋久島に行ったらぜひ、そのタイミングは逃さないようにしないと、ですね! あと、屋久島っていうのは亜熱帯から亜寒帯まで、凄く気候も変化に富んでいるので、植生も豊かなんじゃないかなと思うんですけど、どうなんでしょうか。
「凄く勉強されていますね!」
●屋久島に1回だけ行ったことがあるので(笑)。
「そうですね、九州から北海道までの植生が垂直に分布しているっていうのが屋久島の特徴で、世界遺産に(屋久島が)認定されたっていうのは、そこが凄くポイントになっているんですね。
縄文杉みたいな、何千年も生きている木があるからとか、コケむした森が広がっているから世界遺産になっているというわけではなくて、日本の気候帯があの小さな島の中に垂直に分布しているっていうのが、世界遺産としてのポイントになったんですけど、やっぱりそれが顕著にわかるんですね。
海沿いには九州とか沖縄地方に生えている植物があって、白谷雲水峡だとかヤクスギランドっていうところには杉の林が広がっていて、それをどんどん登って行くとシャクナゲに変わって、山のてっぺんに行くと北海道で見る植物があったり……。山に登って行くと日本を旅しているような、そんな感覚を覚えるような旅ができると思います」
●凄くお得ですね! 屋久島に行っただけで日本一周した気分が味わえちゃう(笑)。
「日本を堪能することができるんじゃないかなと思いますね。ただ、やっぱり知識を持っていないと、“これが北海道の植物なんだ”とか、“これは九州の植物だ”とかがわからないと思うので、最初はガイドさんと一緒に歩いて、いろいろ説明をしてもらいながら知識を蓄えていく旅の仕方が、屋久島を堪能する意味では重要じゃないかなと思いますね」
●植物がそれだけ豊かってことは、そこに来る生き物たちも、きっとたくさんいるんじゃないですか?
「そうですね。屋久島の生き物っていうと、代表的なのは猿と鹿ですね。あと、僕は鳥はあまり詳しくないんですが、鳥の種類っていうのは凄く多いみたいですね。
あとですね、屋久島に行くと大きな網を持っている人を見かけるんですね。その網の柄が凄く長いんですよ。3〜5メートルくらいある柄のついた網を持っている人がいて“何やっているんだろう?”と思って聞くと、蝶々がたくさんやってくるらしいんですね。南の方の蝶々も来るし、北の方の蝶々も来るということで、蝶々や昆虫たちもすごくヴァリエーション豊かな島だということも聞きますね」
●蝶々の楽園でもあるんですね。
「蝶々の学者とか、蝶々を集めるマニアの方はたくさん来ますね」
●今まで見た植物や生き物の中で、秦さんが印象に残っているものはありますか?
「僕が屋久島で凄くいいなと思うのは、シャクナゲですね。山の上の方なんですが、5月の終わりにシャクナゲの花園が広がるんですね。これが本当に綺麗です! “天空の花園”とか皆さん言うんですけれど、本当に山の上に庭園を造ったような感じに見えるんですよね。屋久島のシャクナゲは、世界一って言ってもいいくらいなものだと思いますね」
※屋久島はよく「パワースポット」と言われますが、秦さんはどう感じているのでしょうか。
「屋久島は“パワースポット”として紹介されるんで、いろんな人が来るんですよね。山の上に行くと祠(ほこら)があって、そこに神様を祀(まつ)っていたりもしますね。
皆既日食の時に僕は太忠岳(たちゅうだけ)という山に登ったんですが、僕自身、屋久島に行くと自分がパワーアップして帰って来れるような気にはなりますね。ちょっとモヤモヤしていたりとか、悩んでいたりだとか、どういう方向に進んでいったらいいのかなっていうことを(屋久島に)持って行くと、帰る頃には“これはこういう方向でやっていこう”とか、“これは、こういうふうに片付けていこう”っていうように、方向性が見えたりしますね。
あと、できなかった仕事ができるようになったりもしますね。山に関するスキルだとか撮影のスキルっていうのもすごく上がって帰るので、屋久島はパワースポットっていうよりも、パワー“アップ”スポット的なところなのかなと僕は思っていますね」
●その、パワーアップできる理由っていうのは何だと思います?
「いや〜、何でしょうね(笑)。僕らの時間っていうのは1日24時間ですが、そういう人間の時間と屋久島の植物たちの時間っていうのは、全然違うんじゃないかなとちょっと思っているんですね。何千年という、僕らの生きる時間よりも、はるかに長い時間を生きている杉や植物たちがその島にいる。つまり流れている時間が、人間の時計でみれば24時間なんだろうけど、体現する時間っていうのは凄く長いんじゃないかなと思うんですよね。
例えば、(実際は屋久島に)3日とか4日しかいなんだけど、実は自分が経験する時間としては、それは1ヶ月だったり1年だったり……。そういうのが屋久島の中では凝縮されているような気がするんですよね」
●“屋久島時間”っていうのが存在するんですね。
「存在すると思いますね。人間の時間だと短い時間なんだけど、屋久島の時間としては凄く長い時間の中で、一生懸命、自分が行動することで、短い時間の中で(スキルを)習得できるということじゃないかなと思うんですよね」
●不思議な場所ですね。
「本当に不思議な、うまく言葉では説明できないですが、そういう場所だと思いますね」
※最後に、屋久島のおすすめの場所をうかがいました。
「年間を通してなんですが、やっぱりね、白谷雲水峡は絶対に行って欲しいなと思いますね。白谷雲水峡に行かれる人は大体、“苔むす森(こけむすもり)”っていうところを目指すんですが、そこだけではなくてですね、“大株歩道(おおかぶほどう)”っていう、ちょっと遠回りをする道もあります。そこを1日、時間をかけて歩いて欲しいなと思いますね。屋久杉もたくさんあるし、ちょっと道が険しかったりするんですが、苔むした森だとか木々の力強い形のものがたくさん見られるので、白谷雲水峡の大株歩道はぜひ行って欲しいなと思います」
●どんなところを見ながら1日かけて歩くといいでしょうか?
「木の形かな。屋久島っていうのは、木を伐り始めた歴史っていうのは江戸時代ぐらいなんですけど、たくさん木は伐られているんですね。(屋久島の森を)“原始の森”って表現する人が多いんですけど、実は原始の姿っていうのはほとんどなくて、人間がけっこう手を入れている森なんですよ。そこにコケが凄く生えているので“原始”っていう言葉がでてきがちなんですが、凄く人間が改造しちゃっているというか、伐って伐って切りまくって今の形になっているんですね。
その伐った株が朽ちていったりだとか、またそこから再生しようとしている姿だとかっていうのが見られるんですよ。なので、この木は切り株なのか、自然に倒れたものなのかとかを、形をよく観察していくと捉えることができると思うので、森がどうやって変化してきたのかとか、どうやって再生してきたのかということに着目していくと面白いと思いますね」
●私も、倒れちゃった木にぐーっと寄ってみると、そこから小っちゃい芽がたくさん出ているのを見たことがあります。命のリレーのようなものが凄くよく見られますよね。
「継承されていくものや、森の再生力が顕著に見えますね。これは人生と凄く関係するのかなと思いますけど、ちょっと上手くいかなくて嫌になっちゃったなということが、生きているとあると思いますけど、森の中で倒れたものが更新されていく姿を見ると、“こんな小さな生き物が何千年も生きるようになるんだから、自分もこんなことでつまずいてちゃいけないな”とか、そういうことは凄く感じてもらえる森じゃないかなと思いますね」
千年以上生きる屋久杉、そして数千年生きている縄文杉。人間の一生から考えると、本当に果てしない時間ですよね。だからこそ私達がそこにいくと、不思議な気持ちになるのかもしれません。
風景写真出版 / 税込価格2,970円
山に登り、海に潜り、雨と格闘して撮り貯めた、今まで見たこともないような屋久島の写真が満載。まさに屋久島“愛”にあふれる写真集です!
詳しくは、風景写真出版のオフィシャル・サイトをご覧ください。
そのほか、秦さんの近況など、詳しくは秦さんのオフィシャル・サイトをご覧ください。