今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、東京大学の助教・矢後勝也(やご・まさや)さんです。
矢後さんは蝶々や蛾の研究者で、小型の蝶「ベニシジミ」の研究で賞を受賞されたこともあります。そしてなにより、2011年に“ヒマラヤの貴婦人”といわれる幻の蝶「ブータンシボリアゲハ」をおよそ80年ぶりに発見し、捕獲。当時、大変話題になりました。この番組でも、捕獲した時の決定的瞬間についてうかがったことがあります。
今回は現在、東京大学総合研究博物館で開催中の特別展示「珠玉の昆虫標本〜江戸から平成の昆虫研究を支えた東京大学秘蔵コレクション〜」の取材リポート! この特別展示を企画された矢後さんに、江戸時代に作られた国内最古の昆虫標本や、見逃してはいけない貴重なコレクションについてたっぷりお話をうかがってきました!
※まずは矢後さんに、今回の展示の見どころをうかがいましょう!
「うちの博物館に収蔵されている昆虫標本というのは約70万点あるんですけども、そのうちの4万点を今回、公開しています。中でも日本最古の昆虫標本は180年前と言われています。ちょうど江戸後期にあたりますね」
●江戸時代の標本もあるんですね! わぁ、楽しみだなぁ! じゃあ、後ほどそれも見せていただきたいんですけども、他にはどんな標本があるんですか?
「色々あるんですけども、もうひとつの見どころは、5年前にも取材いただきましたブータン国王陛下から贈呈いただいたブータンシボリアゲハの標本を今回、公開しております」
●なかなか展示されないものなんですよね?
「そうですね。一般公開としてこれだけ長く展示するのは、初めてになります」
●本当に国宝級のものですから、ぜひそちらも後ほど、楽しませていただきたいです! 他には、どんな見どころがありますか?
「あとはですね、今回は明治、大正、昭和、平成を連続的に集めた昆虫標本というものを展示しております。ですから、その時代その時代で、それぞれ有名な昆虫の研究者、あるいはうちの大学の先生がたが集められた標本というのを今回、一挙公開ということでやっております」
●時代ごとに標本のトレンドは違うんですか?
「あ〜、それはありますね。標本の作り方が少しずつ違うというのもあるんですけど、しかし、それよりもむしろ見ていただきたいのは、それぞれの時代の移り変わりで、虫がどういう風に変わっていったのか、そのあたりも見ていただきたいですね。例えば、もう絶滅寸前になっている、あるいは絶滅しているような昆虫というのが、昔はこれだけいたんだ、というのを感じていただければと思います」
●なるほど。標本を通して、その時代ごとの自然を感じることができるんですね。
「そういうことになります!」
●それは楽しみですね! じゃあ、さっそく見に行っていましょう!
●さあ、我々は博物館の展示室に移動してきました。お、矢後さん! “珠玉の昆虫標本”という看板が見えてきましたね。なんだかちょっと、ドキドキしてきましたよ! じゃあ、中に進んでいきましょう!
おお〜、凄い!! 本当に凄いんですけど!! 壁一面に昆虫標本が! しかもエメラルドグリーンのキラキラした蝶々の標本とかもありますし、ちょっと博士になった気持ちです(笑)。じゃあ、早速なんですけども、江戸時代に作られたという、日本最古の昆虫標本はどこにあるんでしょうか?
「実は、これです!」
●これがそうなんですね!
「入ってすぐ、目の前にあります」
●私、標本というとどうしても、ピンで刺してあるイメージがあったんですけど、この標本は木の枠の中に、まるでおまんじゅうが並んでいるみたいですね!
「これは半球状のガラスの玉の中に、虫と綿を詰めて、そこに和紙で押さえたような、おまんじゅうみたいな形をした標本のつくりになっています」
●なんとなく、箱の形とかがちょっと江戸時代っぽい感じはしますね。でも生き物そのものは、もうちょっと干からびちゃっているというか、古くなっちゃっているのかなと思ったんですけど、凄く活き活きとしているというか、生きた息吹を感じますね!
「そうですね。200年近く経っているとは思えない、非常に綺麗な標本だと思いますね」
●そして何より、江戸時代にこういう生き物が生きていたんだっていうのがわかるのが、私は凄くワクワクするんですけど、具体的にはどんな生き物が展示されているんですか?
「この中にはですね、実は72種入っています。例えば、身近なタマムシですとか、あるいはタイコウチとかゲンゴロウとかありますけども、ただ、今はもういなくなってしまった虫というのも、かなり入っているんです。例えば、こちらにタガメっていう、よく“昆虫の王者タガメ”なんて言われている虫がありますが、これは今、本当に日本では少なくなった、いわゆる絶滅危惧種というものです。それから、一時は日本から絶滅したんじゃないかと言われているような虫が、実はこちらにいたりして……これはゴミアシナガサシガメっていう虫なんですね」
●細い足がピュッピュッと出ていますね。これは、今でいうとどんな虫に近いんですかね?
「これはカメムシの仲間ですね。ただ、細長くてとてもカメムシに見えないんですけども。実はこういうのは環境に反映されていまして、例えばゴミアシナガサシガメは、昔はボットン便所とか、ああいうところにいたんですね。今では(日本には)そういう環境がないので、絶滅した、あるいは絶滅寸前になってしまっているということがありますし、タガメを含むような、他の絶滅しそうな昆虫というのも、昔のような、いわゆる田舎の環境というのがなくなった(のが原因と言えます)。昔は、江戸の町の近くでもこういう環境が広がっていたはずですが、今ではそういった環境はないですよね。あと、実は面白いのが……これを見て欲しいんですけど、これ、何だかわかりますか?」
●えぇ、何ですか!? 魚みたいに見えますが……。
「これはトカゲですね。じゃあ、これはわかりますか?」
●ここまできちゃうと、何だかただのホコリみたいにしか見えない(笑)。
「(笑)。ここに、手があるように見えませんか?」
●ああ、手が2本あって、真ん中は黒いモシャモシャっとした感じですね。
「実はこれ、コウモリなんです」
●あ、コウモリなんですか!? こんなに小っちゃいんですね。
「これはアブラコウモリという、小さいコウモリの仲間ですね。それから、こちらにはカニとかがいます。今では昆虫というカテゴリーには入らない生き物でも、蝙蝠(コウモリ)っていう漢字、あるいは蟹(カニ)っていう漢字、それから蜥蜴(トカゲ)っていう漢字には全部、虫編がついているんですね」
●ああ〜、なるほど!
「だから昔は、小さくて動くものはみんな、虫だったんですね」
●そういうことだったんですね。へぇ、面白いなぁ! ちなみにこれって、誰が作ったかっていうのは、わかっているんですか?
「これは実はわかっておりまして、江戸後期に活躍された本草(ほんぞう)学者で、武蔵石寿(むさし・せきじゅ)というかたですね。もともと旗本(はたもと)だった方なんですけど、旗本を引退された後、こういった自然物に非常に興味を持たれた学者さんだったということがわかっています」
※次の展示物に移動します。
●さあ矢後さん! 実は5年前にこの番組でも、一度見せていただいたことがある、ブータンシボリアゲハの標本も今回、展示されているということで、お久しぶりですっ(笑)!
「(笑)どうですか、綺麗ですか?」
●改めて見ても、やっぱり綺麗ですよね。全体的には黒でしぼりが効いていて、羽の一部分にオレンジのポイントが入っているのがまた、神秘的な感じが凄くするんですけど、これは矢後さんが捕まえたんですよね?
「はい、これは私が採集したものです。今でもその光景は、すぐに思い浮かべられますね」
●今回、改めて展示ということなんですけども、どんなところを注目して欲しいですか?
「もともとこの種というのは、約80年ぶりに再発見されたというふうに当時、報道されまして、私もいろいろ取材を受けたものですが、実はその時には、標本を持ち帰ることができなかったんですね。
というのは、ブータンっていうのは世界屈指の環境立国で、採集の許可は出たんですけど、外国の人が採集した虫を持ち出す許可はなかなか出なかったんです。それで一応、申請書は書いて帰ってきたんですけども、その許可が下りるには閣議決定が必要だという話だったんで、“これは無理だろう”と思って、半ば諦めていたんですね。そしたら、その3ヶ月後にブータン国王夫妻が来日されまして、その時にこちらの標本を持って私たちに贈呈してくださったという経緯があるんです」
●ブータン国王が来た時には、日本でも凄く話題になりましたよね。あの時に一緒に(この標本も)来ていたんですね。
「ブータン国王陛下がこういう形で寄贈してくださった、その証拠として例えば、こちらのマークは王家の紋章だそうです」
●標本はもちろんなんですけど、この(標本が入っている)ケースを見るだけでも凄く立派なものなので、見ごたえがありますね!
「はい! そして、こちらがブータン国王陛下のお名刺と、それからメッセージカードとなっています。こちらは“ブータン国王陛下からの贈り物”というふうに書いていますね」
●国王の優しさが詰まった標本ですね。
「そうですね。これを何で私たちに寄贈してくださったかっていうのを、側近の方に聞いてみたら、ひとつはブータンと日本との友好の証として、くださった。そして実はもうひとつ大事なことがありまして、ちょうどこの年は2011年だったんですけど、その年は私たちも被害を目の当たりにした、東日本大震災がありました。その復興への願いを込めてということで、幸せの国ブータンから、こういった蝶を寄贈してくださったと、そういう経緯があります」
●幸せの象徴なんですね。
●我々はまた別の展示物の前に移動してきましたが、これはどんな展示でしょうか?
「これは、山階(やましな)鳥類研究所という、鳥の博物館・資料館で有名な所なんですけども、その創設者である山階芳麿(やましな・よしまろ)博士、元皇族の公爵なんですが、この方が集められた昆虫標本です」
●ということは、時代的にはいつぐらいなんですか?
「時代的には、昭和初期のものが中心になっています。標本自体は、蝶と蛾がメインですね。見どころは、例えば、こちらはチャマダラセセリという蝶なんですね。これは箱根の仙石原(せんごくばら)で採集された標本なんです。今では当然、いません。だから、“昔はこういう所にいたんだ”、“この時代まではいたんだな”と、そういうことがわかる標本ですね。
それから、これは父島のオガサワラセセリですね。この標本も非常に貴重で、今ではオガサワラセセリは絶滅危惧種になっているんですが、いるところは母島とその周辺だけなんです。父島とは少し離れているんですけど、父島側で記録されているのは、戦前のほんのわずかな個体のみなんですね。だから、それがこの山階コレクションに入っていたっていうのが、凄く驚きです」
●じゃあ、当時から山階さんは注目していた、もしくは当たり前にその当時はいたっていうことでしょうか?
「いや〜、どうですかね。そこまではわからないですが、少なくとも当時の貴重な資料であることは間違いないですね」
●見た目的にはシジミチョウぐらいに小っちゃくて、色もちょっと茶色で、地味な感じもします(笑)。
「でも、白いポツポツ(模様)の大きさとかが凄く綺麗なんですよ!」
●よ〜く見ると、徐々に美しさが伝わってくるタイプの蝶々ですね! じゃあこれは、ぜひ注目して欲しい蝶なんですね。
「そうですね。この山階コレクションというのは、もともと山階鳥類研究所で保管されていたのですが、ちょうど去年2017年の冬に、うちの博物館に移管されました。ですので、実際はここで本邦初公開になるわけです!」
●なるほど。こちらも大変貴重な展示なんですね。
「今まで山階鳥類研究所でも公開したことはなかったということですので、とても貴重な資料になるかと思います」
※ここで、次の展示物に移動します。
●また別の展示コーナーに移動してきましたが、こちらはどんな展示になっているんですか?
「こちらは東京大学の日本人最初の動物学教授となられました、箕作佳吉(みつくり・かきち)先生の昆虫標本になっています。ミツクリザメって、ご存知ないですか?」
●私は知らないんですけど、なんだか聞いたことはある気がします。
「とても奇怪な形をしているサメとして、知っている人はよく知っているんですけど、当時は動物学の最初の指導者だったので、いろいろな方が(新種の生物に)名前をつける時に、この箕作先生の名前を冠したんですね」
●そんな素晴らしい人が作った標本が、今回展示されているんですね!
「箕作先生の標本は、主に明治時代の標本になっているんですけども、蝶と甲虫類が多いですね。この中で特徴的なのは、特に水棲昆虫で当時はたくさんいたけど、今では珍しくなってしまったというものが、非常に多く含まれております」
●それはどちらにあるんですか?
「例えば、こちらにはゲンゴロウの仲間がたくさん入っています」
●大きいものからかなり小さいものまでいますけど、こんなにたくさん種類がいたんですね。
「そうなんですね。例えばこの標本を見ると、マルコガタゲンゴロウっていうのが入っているんですが、これが東京都にいたっていうのはかなり驚きの話で、実はそういった標本がこの中には入っているんです。それから、東京都のオオクワガタもあります」
●どれですか?
「これですね。これはメスなんですけど、これが東京にいたオオクワガタですね」
●いい感じで黒光りしていますね!
「あと、これとか見てください! カブトムシなんですが、角のところにヒモみたいなのが付いていますよね」
●あ、本当だ!
「(当時の人たちは)こういう風にして遊んだっていうことですね。当時の文化が非常によくわかる標本で、ちょっと面白いですよね。そういう、当時の風俗とかがわかる標本が中には入っていたりもするわけですね」
●なんか昆虫標本って、作る人の想いみたいなのが結構、反映されるんですか?
「そうですね。標本を作る形とかは、人それぞれ違うんです。あるいは、時代によって作り方も少しずつ変わったりもします。そういう歴史的な標本の流れというのも、今回ここで見られるというのが、魅力のひとつとなっているんじゃないかなと思っています」
※そもそも、江戸時代の人はなぜ昆虫標本を作ったのでしょうか?
「そうですね。当時は“後世に残す”というよりも、自分たちで開催している自然史同好会みたいなところでの品評会や、あるいはコレクションとして持っておきたいという意図の方が強かったんじゃないかなと思っております。当時は富山藩・藩主の前田利保(まえだ・としやす)という方が主催する“赭鞭会(しゃべんかい)”という会がありまして、そこで実際に自然物を集めて品評するということをやっていたようです。なので、そこでの活動の一環だったという可能性がありますね」
●逆に、昆虫とか自然を愛でる文化っていうのも、江戸時代にはあったんですよね。
「それはありました。さっきとは別の話なんですけど、日本は虫を慈しむという文化を独自に持っていました。例えばホタルを見る。それから鳴く虫を見る。そういうのは実際にさまざまな資料もありまして、絵も残されております。
あと、虫との関わり合いでの日本人の面白さというのは、例えば合戦で使う兜(かぶと)は、カブトムシの角、あるいはクワガタの大アゴを(模して作って)つけていますよね。あるいは、トンボをつけることもありますね。トンボっていうのは、後ろに進まず一直線に進むということで、合戦には非常に好まれていたということがあります」
●確かに、私は大河ドラマが好きでよく見るんですけども、主人公たちがいろんな種類の兜をつけていますが、よく見ると昆虫をモチーフにしているものが多いですね。じゃあ昔から、本当に身近というか、虫はリスペクトする存在だったんですかね?
「そうですね」
●矢後さん、最後に改めて、今回の展示の見どころはどんなところなのか、教えていただけますか?
「今回は江戸時代から明治、大正、昭和、平成と、約200年分の昆虫標本というのを展示しました。それで実は、(それらの展示物の)一番最後に、空(から)の箱を一列、展示しています。
近年の環境破壊ですとか、地球温暖化ですとか、こういう影響を受けて、昆虫たちっていうのは激減しています。それで果たして、将来的にこのような昆虫の標本っていうのが、この空の標本箱に収められるのかどうか。あるいはその標本箱に収蔵できるような標本がいなくなるほど、環境が激変してしまうのか。そういうものを来館者の方々にも、今後の未来を考えていただくきっかけになればと思い、最後にメッセージ的な展示をしています。ぜひ、そこもご覧いただければなと思っております」
江戸時代にはどんな自然が広がっていたのか。それはタイムスリップしなければ実際には見る事は出来ませんが、今回の昆虫標本を見ると、それを想像する事が出来てとても楽しかったです。今回の展示が最後かもしれない、貴重な江戸時代の標本あなたもぜひ見に行ってみては?
現在、文京区本郷にある東京大学総合研究博物館で開催中の特別展示「珠玉の昆虫標本〜江戸から平成の昆虫研究を支えた東京大学秘蔵コレクション〜」は10月14日まで開催。開館時間は午前10時から午後5時まで。休館日は基本、月曜日。入館は無料です。
詳しくは、東京大学総合研究博物館のHPをご覧ください。
また、矢後勝也さんによるトーク・イベントが8月18日(土)の午後2時から、博物館隣りの東京大学・理学部2号館(4階大講堂)で開催されます。今回の特別展示や秘蔵コレクションについて話される予定です。定員は180名、参加費は無料。ぜひお出かけください!
詳しくは、東京大学のHPをご覧ください。