今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは「野口のタネ」の店主で野口種苗研究所の代表、野口勲(のぐち・いさお)さんです。
野口さんは1944年東京・青梅市生まれ。親子三代にわたり、在来種や伝統野菜のタネを扱うタネ屋さんを、埼玉県飯能市で経営。お店を継ぐ前はなんと、手塚治虫さんの担当編集者として活躍されていました。
2011年には『タネが危ない』という本を出され、日本の農業を席巻している、あるタネのリスクを指摘。現在はタネ屋さんを営みながら、講演活動などを通して、いま日本の農業が抱えているリスクを指摘。タネの視点から警鐘を鳴らし、そして伝統的な野菜を育てる大切さを訴えてらっしゃいます。
今回は、そんなタネの専門家である野口さんに、いま農家さんで栽培され、流通している野菜の“タネ”について、お話いただきます。
※野菜のタネには「F1種(えふわんしゅ)」というものがあるそうなんです。耳慣れない名前ですが、一体どんなものなんでしょうか。
「昔は単純に“タネ”だったんですよね。それが昭和30年代後半ぐらいから、“F1種”というのが出てきて、大きく変わったということですね」
●そうなんですか。そのF1のタネと、もともと昔からあったタネの違いを教えてください。
「タネが取れるか取れないか、命が続くか続かないか、という違いです」
●なるほど。命が続くのは、昔からあるほうのタネですよね。
「そうです」
●じゃあ、命が続かないF1のタネっていうのは、どんなタネなんですか?
「いろいろつくり方はあるんですけど、今、主流となっているのは、花粉のないタネです」
●えっ、何でそんなものがつくられたんでしょうか?
「F1というのは、雑種なんですよね。交配種と言っていますけど、自分の花粉で自分がタネをつけると雑種になりませんから、昔は雄しべを全部引っこ抜いていたんです」
●人間の都合でそういう風につくられたんですね。
「もちろん」
●それで今では、そのタネを使ってつくられた野菜が主流になっている……。
「そうですね」
●では、先ほどおっしゃっていた、命が続くタネというのは今、どうなってしまっているんですか?
「そういうタネは、売れないからどんどん減っています」
●じゃあそのタネはこれから、なくなってしまうんでしょうか?
「このままいけば、完全に消滅するでしょうね」
●野口さんは、その固定種のタネだけを扱っているタネ屋さんなんですよね?
「はい。なくなる前にとにかく、日本中から、まぁ今では世界中から集めているというか、固定種のタネを輸入している会社もあるんで、そういうタネだけを売っているタネ屋ということです」
●なるほど。F1種っていつ頃からつくられてきたものなんですか?
「メンデルの法則(*遺伝についての法則)が、日本でいうとだいたい幕末の頃にできたんです。本来は『雑種植物の研究』という論文の中で出ているんですけど、それが日本には明治時代に伝わったんですね。とにかく雑種にすると、“雑種強勢”という力によるんですけど、収量が上がったり、同じ形に揃ったり、これがメンデルの法則ですね、そういうことがわかってきたんです。
これを最初にやったのが日本で、最初に蚕(かいこ)でやって、それによって日本の絹が中国の絹を凌駕して、生産量が上がって……というところから始まったんです。それが明治の末ぐらい。そして大正時代に、野菜でそれが行なわれたんです。でも、最初に行なわれた時は、理論的にやっていて、まだ販売される時代じゃなかった。それがバァーッと販売されるようになったのは戦後で、日本が食料不足になって、日本人が飢えに苦しむようになり、“これは必要だ”ということになって、大量生産のために広まったということですね」
※では一体、なぜ販売されているタネには「F1種」と「固定種」の、2種類のタネがあるのでしょうか。
「F1種のほうが揃いがよくて、生育が早いですね。固定種っていうのは、同じお父さんとお母さんから生まれた子供でも、ませたガキが生まれたり、のんびりおっとり育つ子がいたりして、大きさがそれぞれマチマチですから、それを一生懸命、同じ大きさのものを集めて間引きながら収穫しないといけないんです。そんな手間は、今はかけられない。今は農業でお金を稼ぐためには、省力が第一ですから。手間をかけないで出来るものが一番いいわけです」
●そっかぁ。確かに、私たちもお野菜を買う時に、綺麗な形だったり、色も同じようなものを選んでしまいがちですけど、それは本来、自然な形ではないということでしょうか。
「自然ではないですよね。そのように計算し尽くされて、交配されたタネということですよね」
●でもやっぱり、そういったものがないと、今の私たちの食糧事情はまかなえないというところもあるんですよね。
「今、農家が全国で300万軒切って、270〜280万軒と言われていますから、その農家の人たちが1億2600万人の人間の食料をつくるためには、そういうタネが必要だということですよね。ただ、自分で食べるものについて、安心安全なものを食べたいと思ったら、自分で野菜をつくるしかないと思います」
●自分で野菜をつくる……。
「昔は人類、皆やっていたんです」
●家庭菜園は、固定種で育てた方がいいんですよね。
「そのほうが得ですからね。早く育った、ませたガキから収穫していくと、長〜い期間、一度タネを蒔けば、3ヶ月も4ヶ月も収穫できますから、そんなに必要ないわけです。いっぱい同じ時期に収穫できるようになったら、(多過ぎて)困りますしね。あとは、一度タネを買えば、二度とタネは買わないで済む。タネは取れますからね。
植物というのは動けないですから、根っことか茎葉の表細胞でその土地の気候とか土壌を判断して、その土地で花を咲かせて、その土地でタネをつけ、人間や鳥が運ばない限りそのタネはその土地に落ちて、そこでまた育ちます。その土地でよくできたものからタネを取るとどんどん、その土地の野菜になっていくんです」
●地域密着ではないですけど、タネもどんどん地元に染まっていってくれるんですね。
「それが身土不二(しんどふじ)であり、地産地消の本来ですけどね」
●じゃあ、その土地ごとにタネが変わっていくと、例えば台風が来たり大変な状況になっても、それに強い野菜が育ったりするんですか?
「それに合わせてくれますからね。その中でどうやって子孫をつくるかということであって、別に彼らは食べられるために生きているんじゃなくて、社会の中、その世界の中でちゃんと育つ子供をつくるために生きているわけですからね」
●本来、私たちに食べられるために美味しい野菜をつくってくれているわけじゃないですもんね(笑)。子孫を残すために、どんどん進化しているわけなんですね。野口さんは、本来はそういう自然のタネっていうのは、ちゃんと管理していけばどんどん増えていく、というふうにおっしゃっていますよね。
「昔からタネっていうのは、一粒万倍(いちりゅうまんばい)と言って、一粒のちゃんとしたタネがあれば、1年後には一万粒になり、2年後には一億粒になり、3年後には一兆粒になって4年後には一京粒になる。本来、そういう無限の命を持っていたタネですからね。僕はとにかく、そういうタネがなくなったらマズいと思うんで、とにかくタネ取りを勧めながら売っているタネ屋ですから」
※現在、野菜のタネのほとんどが外国産だそうです。その割合は一体、どれくらいなんでしょうか。
「多分、9割超えているでしょうね」
●9割を超えている……!?
「要するに、日本人の農家がタネ取りをしなくなっちゃったんです。タネ取りの現場っていうのは、山の中の限界集落になっているようなところで、そういうところは交雑を防げるんで、そういうところに日本中のタネ屋がタネ取りを頼んでいたんです。そういうところはだいたい林業で暮らしていたんですけど、外材が入ってくることによって林業が成り立たなくなって、もう人が住まなくなって……。
だから、海外にタネ取りを頼むようになったわけですね。海外にタネ取りを頼むとなったら、海外のタネ取りの元はだいたい、アメリカで生まれた雄性不稔(ゆうせいふねん)という、雄しべのない、花粉のない植物を品種改良する技術が世界中のグローバルスタンダード技術になっていますから、それを海外に頼むことによって、またそういうタネばっかりが日本に入ってきているんです」
●農家の人たちは、そのタネ取りはもうやってくれないんですか?
「タネを取っても売れなかったらしょうがないじゃないですか。揃いが悪ければ市場は買ってくれないし、スーパーにも並ばないし。自分で食べるものは別にいいですよ。お金にするためには、それはできないんです。昔の、本当のタネで野菜をつくったら売れないんですよ。だから、金が大事か命が大事か、どっちを選ぶかということなんです!!」
●なるほど……命が大事です!
「だったら、自分が食べるものは自分でつくってください」
●わかりました! 私たちでもタネを取って保存しておくことはできますか?
「できますよ。かえって今は、農村地帯でタネ取りをする人がいなくなったから、花が咲いても花粉のない花ばっかりが咲いていますからね。特にこういう都会で、ベランダで栽培すると他の花粉が飛んでこないから、タネ取りは楽だと思いますね。その代わり、花を咲かしてタネを取るまでベランダに置いておくためには、ある程度ちゃんと根が張れるような大きな容器で栽培する必要はありますけれどね」
●ちょっと大きめのプランターがいいんですね。
「大きくて深い容器ですね。一度取ったタネを冷蔵庫に保存すれば、5〜6年は保管できますからね。翌年は別の植物のタネを取ればいいんで、そうやって回していけば、相当な種類のタネが自分でできると思います」
●さっき野口さんがおっしゃっていた、命のつながるタネというのを、リスナーの皆さんも意識していただければと思います! 本当に知らないことだらけだったので、まだまだこの番組でも、タネのことをぜひ特集していこうと思います!
「売っている野菜を植えて、花を咲かせてみるといいんですよ。大根なんかね、下半分は食べちゃって、上の、葉っぱの出ている付け根のところを残しておいて、それを植えてみてください。だいたい秋に植えると、冬を越えて春になると花が咲きますけど、その花を虫眼鏡で見ると、一本も雄しべがないはずです。みんな、そればっかりを食べている時代になっているんです」
毎日食べているお野菜ですが、その「タネ」については知らない事ばかりでした。「いのちを繋ぐ種」がなくならないようにするにはどうすれば良いのか。難しい問題だと思いますが、今後もみなさんと一緒に考えていきたいです。
埼玉県飯能市にある「野口のタネ」では、全国から集めた伝統野菜のタネが500〜600種販売しています。家庭菜園で野菜を育てている方、次はぜひ「野口のタネ」で扱っている固定種のタネで野菜を育ててみるのはいかがでしょう?
また、野口さんは精力的に講演活動を行なってらっしゃいます。2018年12月は、台東区や新宿区での講演会が予定されています。
いずれも詳しくは「野口のタネ」のオフィシャルサイトをご覧ください。