今週のベイエフエム/ ザ・フリントストーンのゲストは、生物学者・鈴木忠(あつし)さんです。
鈴木さんは1960年、愛知県生まれ。子供の頃から、昆虫や植物、石ころや化石を集めたりと、好奇心旺盛! 名古屋大学、浜松医科大学を経て、91年から慶應大学・生物学教室に所属。2000年からクマムシの研究を続けてらっしゃいます。そして、2006年に出版した『クマムシ?! —小さな怪物』がベストセラーになり、クマムシ・ブームの火付け役に!
そんな鈴木さんが先ごろ、岩波ジュニア新書の一冊として『クマムシ調査隊、南極を行く!』を出されました。
体長1ミリにも満たないのに、最強の生物といわれる「クマムシ」。名前に「ムシ」が付くので、昆虫と思うかも知れませんが、そうではありません。では一体どんな生き物なのか、今回はその驚くべき生態について、クマムシ研究の第一人者である“クマムシ先生”鈴木さんに、じっくりお話をうかがいます。
※クマムシはなんと、山頂から深海まで、あらゆる場所に棲息しています! 見た目は、手足のある芋虫のような感じですが、歩く姿は名前の通り、クマのようにノソノソと歩く、可愛らしい生き物なんです。では、さらに詳しく鈴木さんにうかがってみましょう!
「まず形ですけど、足が4対8本ある生き物です。足にハッキリとした節がないんです。プニプニした可愛らしい足があって、その足の先っぽにツメなんかが生えていて、それでノコノコ歩く、そういう動物です」
●へぇ〜! 今のお話だけ聞くと、かなり“キャラクター”のような、可愛い生き物をイメージしますね!
「可愛い生き物もいるし、人によっては気持ち悪いって言う人もいますけれども、でも、わりと“きゃー、可愛い!”っていう人が多いかなという生き物です。ただ、小っちゃいんですね」
●どれくらいの大きさなんですか?
「物凄く大きいやつで1ミリ。普通は1ミリにも満たなくって、0.1ミリとか、大きくても0.5ミリぐらいが普通ですかね。ですから、顕微鏡で観ないと見えないんです」
●そんなに小さいと、どこにいても私たちは気づかないと思うんですけど、クマムシはどこにいるんですか?
「意外に身近なところにいまして、東京のど真ん中でも、ビルに引っ付いているコケの中とか、そんな場所を住処(すみか)にしています」
●じゃあ、意外と私たちも見ているのかもしれないですね!
「見えないですけどね(笑)。潜んでいるわけですね。でも、凄く身近なところに、普通にいますね」
●そこでどんな風に暮らしているんですか?
「コケの中で暮らしている他の生物を食べたりして暮らしているんですけど、暑い日なんかにはコケが干上がっちゃうんですね。コケがカラカラに干からびると、その中で同じようにクマムシもカラカラに干からびているんです。
それで、雨が降ったり朝露が降りたりすると、復活する。要するに、水をかければ戻るという、そういう生き方をしています」
●ええっ!? そんな、寒天みたいな性質を持っている生き物なんですか!? でも、そのカラカラになっている状態っていうのは、生物としてはどういう状態なんでしょうか?
「うーん……とにかく、カラカラとしか言えないんですけど……」
●生きてはいるんですか?
「水をかければ復活するから、死んでいたわけじゃないんですよね。だけど、代謝が止まっちゃった状態みたいなんで、普通、代謝が止まった状態っていうのを“死”って言うんですよ。だけど、クマムシの場合は死ではないので、その状態を“クリプトビオシス”、日本語で“乾眠(かんみん)”って言ったりしていますけど、どういう状態かっていうのがよくわからないので、今、調べているところですね」
●ちょっと人間の常識からは考えられないですよね! だって、一回ミイラ状態のようになって、そこからまた水をかけると復活するっていうことですもんね!
「ミイラが復活するとビックリしますけどね(笑)。でも、小さな生き物は割とそういう生き方をしているものもいまして、例えばコケの中だと、センチュウとかヒルガタワムシなんていう、そういう生き物は同じように乾いても平気ですね。
それから、皆さんもよくご存知だと思うんですけど、パンを作ったりする時のドライイースト、あれは酵母菌ですよね。キノコの仲間の単細胞の菌類で、あれも乾いても平気なわけですよね。だから、そういう生き方って結構あるんですよ」
●そうなんですね! じゃあ結構、我々が知らない生き物たちの、その生きる力っていうか、戦略っていうのはたくさんあるんですね。
●そんなクマムシに、鈴木さんはどうしてハマってしまったのでしょうか?
「40歳になる年の正月過ぎくらいに、“なんか、面白いものが見たいなぁ”と思って、“そういえば、クマムシっていうのがコケの中に生きているっていう話だったから、ちょっと自分でも探してみようか”と思ったんですね。
それで3日目ぐらいに“おおっ、こんなのが本当にいたんだ!”っていう感じで観て、そのまま眺めているうちに、ズブズブっとハマり込んでいきました(笑)」
●眺めていて、どんなところに惹かれたんですか?
「クマムシは飼うのが難しいって言われることが多くて、実際にはクマムシを飼育したっていう論文は探せばいくつかあったんですけれど、もともと生活史に興味があるものですから、“ひょっとしたら、飼えるんじゃないかな?”と思って、それでずっと眺めていたんですね。
コケの中にいることはわかっているんだけれど、いつも観たい時に観られるわけじゃないので、しばらくは苦労しましたけれどね。でも、やっているうちに、意外と簡単に飼えちゃったんで、“じゃあ今度は、クマムシが卵から死ぬまでの全体を眺めようか”という感じでやっていきました。夏休みの自由研究みたいな感じですよね。
そうして眺めていて、何回産卵して、どれだけ卵を産んで、子供がどれくらいしたら赤ちゃんを産んで、どれくらいエサを食べるのかとか、そういうのを記録して、そして論文を書きました。それがクマムシの仕事の最初だったんですけれども、本当に自由研究みたいな仕事だったんですけれども、これが一番有名な仕事になった感じですね(笑)」
●ちょうど今、夏休みなので“自由研究どうしようかな〜”って悩んでいるお子さんも結構いらっしゃるのかもしれないですね!
「まず、一番面白いところなんですよね、それが!」
それでは、ざっくりでいいので、クマムシの一生を簡単に教えていただけますか?
「種類によって多分、いろいろだと思うんですけれど、僕が観たクマムシだと、ざっくり言って、産卵したらそれが1週間とか10日で生まれて、やっぱり同じくらいの時間で大人になって、1週間とか10日間隔で卵を何回か産んで、死んでいくという感じです。
オニクマムシの場合ですと、水の中に浸かりっ放しの状態で、3〜4ヶ月は生きて、それで寿命を迎える感じですね」
●さっきおっしゃっていた乾眠についてなんですが、途中で乾いた状態になったとしたら、だいたいどれくらい生きるんですか?
「乾いている間っていうのが、“時計が止まった状態”なんですね。『眠り姫』は、寝ている間はおばあさんにならないですよね」
●確かに……!
「そういう状態みたいで、ですから1週間に1回、目覚めて、後の6日間は寝ているとしたら、7倍の寿命になる、そんな感じだと思います」
●それじゃあ、極端な話、乾眠の状態が100年続いたら、100年でも生きられるということですかね?
「100年間保存された例っていうのはないんですけど、そういう実験をしようと思ったら、100年後に記録を取らなきゃいけないんで、なかなか大学でやれるテーマではないですけれどね(笑)。
例えば、120年前の博物館のコケから(クマムシが出てきた)、なんていう記録も、なくはないです。ただちょっと伝説的になっているやつで、120年前のコケからクマムシが出てきたって書いてある論文はひとつあるんですけれども、それは歩いて出てきたわけじゃないんですね。
水をかけたコケの中から、顕微鏡の下で発見されたんですけれども、そのクマムシがノコノコ歩いていたわけじゃなくて、“何となく、ちょっと、動きが観られた……ような気がする”っていう、そんな雰囲気で書いてあったので、もしかしたら完全に死んでいなかったかもしれないっていう程度だったかもしれないです。
だけど、保存の状態によれば多分、100年でもOKかもしれないですね。なるべく酸素のない状態で、なるべく低温で。実際にそういう記録を狙って(今もどこかで)やっているかもしれないですけれどね。孫の世代までかかると思いますけど(笑)」
●でも、そういうお話を聞くとSF映画の世界ではないですけど、夢がありますね!
「そうですね。ですから、南極のようなところは、1年のうちの大半が凍った状態なので、乾燥した状態もあるだろうし、氷漬けになった状態でも大丈夫なクマムシっていうのもいろいろいるので、そういう状態が、要するに時計が止まった状態のはずなんですよね。多分、南極に今いるようなクマムシっていうのは、生きている化石のような状態と言えるかもしれないですね」
※クマムシは、マイナス272℃〜151℃以上でも生存可能で、さらに300気圧の圧力下でも生き延びることが出来るそうなんです……!
ここでもうひとつ、クマムシ伝説をご紹介! 実は、最強の生物クマムシは、宇宙でも生き延びたそうなんです!
とある実験で、人工衛星に乾燥された状態で乗せられたクマムシ。上空270キロの軌道上で、太陽からの放射線が容赦なく飛び交う宇宙空間に直接さらされた後、地球に帰還。そして研究者たちが確認したところ、そのクマムシの多くが宇宙の過酷な環境を生き延びていたそうなんです。中には地上より1000倍以上強い強烈な紫外線を浴びても死ななかったクマムシもいたんだとか。 まさに、最強の生物ですよね!
将来、そういった過酷な環境に耐えられるクマムシのメカニズムが、人間が過酷な環境で生きるためのヒントになる、なんてこともあるかもしれませんね。
さあ、そんなクマムシを求めて南極へ行った鈴木さんですが、南極の印象はどうだったんでしょう?
「南極には、大型の陸上生物って全然いないんですよ。強いて言えば、人! 観測隊の人しかいないんです。普通はペンギンとかアザラシが、南極っていうと頭に浮かびますよね。でも、ペンギンもアザラシも海洋生物で、子育ての時にちょっと陸上に寄るっていう感じなんです。常に陸上を闊歩している動物っていないんですね」
●やっぱり、それだけ陸上生物が生きづらい環境っていうことですかね?
「やっぱり、南極ですからね。あと、昔は恐竜もいたはずなんですけれども、今ではそういう生き物も絶えちゃって、3000万年ぐらい経っていますよね。ですから、今は大きな動物としては人間しかいないんですけれども、所々にコケが生えているんですよ。コケが生えていれば、その中には小っちゃな生物が潜んでいる。
それと、南極には実は凄くいっぱい大小の湖というか、池があるんです。ちょっと深い湖、例えば2〜3メートルよりも深いところでは、真冬でも凍らないんですね。そういう凍らないような水底っていうのは、年間を通して0℃〜4℃ぐらいの温度なので、非常に安定した環境なんですね。すると、そういうところは小さな生き物たちのパラダイス!」
●いや〜、でも、安定しているとはいえ、0℃とかで、しかも水の中って、人間の常識から考えるととてもパラダイスとは思えないですよね(笑)。
「人間は生きられないですよね。だけど南極には、物凄くたくさんのバクテリアとか藻類とか、コケの仲間も少しいるんです。南極の湖の中にはコケボウズがニョキニョキと並んでいるという映像がたまに出てきますよね。(そこに)少なくとも、2種類のクマムシがいるんですよ」
●その2種類とも、今回の調査で研究できたんですか?
「まだサンプルを採ってきただけで、しっかりと観るのはまだまだなんですよ」
●じゃあこれから調べてくる中で、いろいろわかってくるんですね。
「はい。オニクマムシについては明らかに“これはまだ、名前がついていないやつだな”ということは確認したので、ちゃんとした論文を早く書かなきゃなと思っている状況ですね」
●おお〜! じゃあ、新種発見ということですね!
「他の生物でもそうなんですけど、実は新種発見っていうのは、名前のついていない、未記載種っていうんですけれども、僕らはみんな知らないだけで、まだいっぱいいるんです。生物多様性のほんのひとかけらしか分かっていないんです。クマムシは、研究者が増えれば増えるだけ新種も出てくる、そんな感じじゃないかなと思いますね」
●なるほど、人手が今は足りないだけで、人間がもっと研究すれば、まだまだ発見されそうなんですね!
「僕は陸上のクマムシだけじゃなくて、海に住んでいるクマムシにも興味があるんですが、これだけ日本の周りの海って凄く豊かなんだけれども、クマムシはまだあまり見つかっていないんです。要するに、調べられていないんですね」
●海のクマムシっていうのは、どんな特徴があるんですか?
「とにかく形の多様性が素晴らしいですね! 凄く奇妙な形の、ビックリするような形のものが多いです」
●どんな形なんですか!?
「例えば、体の横っちょにトゲトゲがいっぱい生えているとか、やたらでっかいヒゲを持っているとか……。それから、陸上のクマムシよりもはるかに手足が長いですね。ビュッと足を伸ばして、先っぽに長い指がついていて、派手な形のものが多いです。
ひらひらの羽みたいなものをまとっているクマムシとか、お尻のところにも長いヒゲがあったりとか、そのヒゲがいっぱい枝分かれしていたり、風船の束のようなものを引っ付けているようなクマムシとか……。陸上のクマムシとはだいぶ違う感じですね」
●そういう形になった理由までわかっているクマムシはいるんですか?
「いや、全然わかっていないですね(笑)」
※最後に鈴木さんに、クマムシ研究を通して感じていることをうかがいました。
「クマムシを観るようになって一番感じるのは“ちょっとした隙間とかに、実にいろいろなものが生きているな”ということですね。例えば陸上でその辺を歩いている時も、“あ、ここにコケが生えているな。その中にどれだけの生き物が入っているのかなぁ”と思いますね。
頭では、生物多様性っていうのがどんな感じか理解していたつもりになっていても、本当に実感したのはクマムシを飼うようになってからですかね。
このスタジオの中にも、ホコリの中に何かバクテリアが飛んでいるはずでしょうし、我々のお腹の中には1000種類以上のバクテリアが共生しているんですよね。だから無菌状態の場所っていうのは、それこそ異常な状態なので、とにかくいろんなものが、そこら中にいて、一緒に暮らしているっていうことに気づいたっていうのが大きいです。
それと、極限環境生物っていう言い方をして、クマムシなんかはよくそう言われるんですけど、じゃあ極限環境っていうのはどんなところか……。南極は極限環境の代表みたいなイメージがあるかもしれないけど、僕が考えるには、例えばこのコンクリートジャングルのビルの壁なんていうのは、南極どころじゃない極限環境じゃないかな。何度くらいになるんでしょうね。60℃とかになっているんじゃないかな。そんなところのコケに引っ付いているのは、たいしたものだと思いますよね。
だから、東京の街の真ん中って、まぁ生物にとっては大した極限環境ですよね。でも、大丈夫な生き物たちがいるんです。人間も結構、極限環境に慣れちゃっているかもしれないですけれどね」
●さっき鈴木さんがおっしゃっていたように、私たちにとっては過酷な南極も、もしかしたら別の生き物にとってはパラダイスっていう話もありますしね。
「そうそう、南極の湖の底なんていうのは、それこそ大して極限じゃないかもしれないですよね」
●私たちの価値観だけでいろいろな生き物を見てはいけないですね! そして、肉眼では見えないたくさんの生き物たちと暮らしているんだなということを、改めて知ることができました。
今後も、クマムシの研究は続けていく予定ですか?
「まだしばらくは……うーん、ずーっとやるのかなぁという気はしますね。例えば南極に行って物凄くたくさんのサンプルを採ってきたんですけれども、それを全部観るのには、定年になるまでは全部は観られないだろうと思います」
●そんなにいっぱい!?
「それから海のサンプルについても、これからあちこち行こうと思っていますけど、そうすると死ぬまでに全部は観られないだろうなと思いますね」
●でも研究者としては、研究内容が死ぬまであるっていうのは、やっぱり幸せなことですか?
「まぁ、幸せなんでしょうかね……。やっぱり、いろいろとそういう知られざるものを、いろんな人に紹介するのが義務かなと思っているので、“それがどんな役に立つんですか?”って聞かれたら、“わかりません!”としか言えませんけども(笑)。でもまぁ、そういうものを知るっていうことが、楽しいんじゃないかなと。それを同じように面白いと思ってくれる人がいたらいいなと思っています」
聞けば聞くほど最強の生物、クマムシ。肉眼では見えない世界にそんな生き物がいるとは、驚きでした。まだまだ知らない生き物がたくさんいて、私たちは本当に多様な生き物に囲まれて暮らしているんですね。
岩波書店/ 税込価格 1,037円
第56次南極地域観測隊の夏隊員として赴いた南極での、観測隊の日常の記録。南極の昭和基地や砕氷艦「しらせ」での生活など、楽しくて面白い話が満載です!
詳しくは岩波書店のサイトをご覧ください。
そのほか、鈴木さんについて詳しくは、慶應義塾大学 自然科学研究教育センターのHPをご覧ください。