2002.7.7放送
写真家・野寺治孝さんを迎えて
今週のゲストは写真家の野寺治孝さんです。最初は趣味ではじめられたアマチュア写真家だったのが、その後プロに転じ、1996年に発表された『TOKYO
BAY』という写真集が木村伊兵衛賞の候補に、そして最近では日本の原風景にスポットをあてた写真集『帰郷』などが話題になるなど、活躍を続けていらっしゃる野寺さん。まさか写真家になるとは夢にも思ってなかったという、意外なところからお話は始まりました。
野寺さんは、伺ったところによると、初めはグラフィックデザイナーをなさっていて、そのあとに家業の牛乳屋さんを継いで、それからプロのカメラマンに・・・なんか、経歴がドラスティックに変わっていらっしゃる気もするんですが(笑)
「夢にも、『写真家になろう』とか『なりたい』という気はありませんでしたね。デザイナーをやめて(牛乳屋の)家業に入り、写真は趣味でやっていた程度なんです。きっかけになったのは、たまたま作ったポストカードをカード会社に持ち込んだら、売れてしまって、それから色々な方から声をかけていただいて・・・。」
そして、プロとしての飛躍のきっかけになった写真集『TOKYO BAY』。そもそもなぜ東京湾にスポットを当てようと思ったのですか?
「一番最初に東京湾を撮ろうとしたきっかけは、私が尊敬する写真家、ジョエル・マイヤウィッツ氏の『BAY
SKY』という、アメリカ東海岸の海の風景ばかり集めた写真集を見て、自分もこういう写真を撮りたいなと思い、でも自分がその場所に行って撮るんでは意味がない、じゃあ自分にとっての海はどこなんだろうと考えたときに、私は生まれも育ちも浦安なので、もちろん東京湾だろうと。そこで昔のきれいな海の風景を思い出し、今もそういうふうに見れるのかなと思いながらも、初日の撮影からすごくきれいな風景だったので、これはいけると確信と自信を持ちました。」
それから実際、その憧れのジョエルさんに、自分の写真を見せて「大都会に隣接している海なのにとても美しい。皮肉なことだが、スモッグさえ光を屈折させて美しい色を出している。」と言われたそうですね。それはすごく嬉しかったのでは?
「そうですね、とても憧れてる写真家の方ですから。その時は『TOKYO BAY』の何枚かの写真をお見せしたのですが、当時少し行き詰まりもあって、誉めてもらえれば嬉しいけれども、駄目だと言われたときの恐さとか、尊敬してるだけに変な人だったらどうしようとか(笑)。そしたら、やはり写真どおりのすごい素敵な、人間的にも素晴らしい方で、いまだに自分の写真生活の中で一、二を争う出来事でしたね。」
その『TOKYO
BAY』の何枚かを含めて、その後撮りためた海の写真をまとめ、去年『海の日』という写真集も出されていらっしゃるんですが、その『海の日』には東京湾に限らず、世界中の海の写真が収められていますよね。写真家としてレンズを通して見た海の違いって・・・。
「私は海を、風景とか自然としてはあまり見ていないんですよ。例えば、人の顔のように海というのは表情がすごいあるんですよ。というのも、ハワイの海はほとんど青ですよね。ところが写真では同じ青でも少し水色だったり、紺だったりして、表情が違うんですよね。東京湾もそのハワイとかの青さは望めないけど、でも想像以上にきれいなんですよ。それは私の写真集をご覧になっていただければわかるんですが、そこにはフィルターもかけてなければ、ましてやコンピューター処理もしてなく、そのままの東京湾があるんですよね。本当にこんな大都会に隣接してて、街の方にはスモッグがあって、光が屈折されて、それが赤色だとかのきれいな色になってしまうことはあるんですが、海自体は本当にきれいなんですよ、昼でも夕方でも。ただ、あまりにも都会人が忙しすぎて、まして東京湾なんかじっくりと眺める時間なんかもちろん無いですよね。幸い、私はこういう仕事をしていますから、じゃあ代わりっていう程のものではないんですが、しっかり自分が見てフィルムに定着させてね、それを、普段海を見ることが出来ない方に見てもらえればいいかな、と。それに、そんなに自然って弱くないですよね、僕らが思ってるほど。ちゃんと東京湾という場所でもきれいさが残っているし。」
ひとつとして同じ表情を見せない海。もしかしたら、例えばハワイで見る海の表情への、第一歩が、私達の身近な東京湾の表情から繋がってるとも考えられますよね。
「撮りはじめて1年くらいの時には、こういう風に撮りたいっていう思いがすごく強かったんですよ。こういう色が撮りたい、ましてや、カミナリや虹が撮りたいだの、自分の力でどうしようも出来ないことにまで欲が出てきてしまって。でも相手は自然ですから、そんな思い通りにいくわけないじゃないですか。それですごく葛藤が起こってきちゃったんですよね。それに、相手が本当にシンプルじゃないですか。基本的に、海と水平線と空の三つしかないんですね。構図の取り方も水平線をどこに入れるかしかないわけですよね。そのシンプルな作業の反面、それが逆にすごく難しい。そういう葛藤の時にジョエルさんにお会いして『写真家にとって一番大切なことはね、被写体を見たときにハッて感じる心だよ。』って言ってもらった時に、なんか一本、自分の中にきたんですね。で、その言葉を聞いて戻ってきてから海を見た瞬間、見えたんですよ。水平線の位置が迷わず決められる。で、欲も無くなってくるんですよ。『曇っててもいいよ、きれいならきれいでもっといい。東京湾よ、お前は好きにしてていいよ、あとは僕が撮るから』みたいなね。これってなんか海に対してじゃなく、恋人に対するような感じですよね(笑)。でも、こんな気持ちになったら、バンバン見えてきましたね。」
それから、最新の写真集『帰郷』なんですが、なんか色合いが他のと違いますよね、セピアカラー的な、野寺さんの昔のアルバムを覗き見せていただいているような感じの雰囲気で。やはり何か他の写真集と違うなって感じがするんですけれども、これを撮られたきっかけというのは・・・?
「ちょっと病気をしたんですよ、『TOKYO BAY』を出版したころに。そういう、自分がちょっと弱っているという状況の中で、富山県の田舎の風景なんですが、それを見たら妙にいとおしく感じてきたんですよ。で、それが自分の子供の頃の浦安のね、曲がりくねった道や、田んぼとかの風景と、ダブって見えてきたんですよ、まだ富山県にはかなりそういうところが残っていて。その時に、本当にごく身近にある何気ない原風景や、子供の頃の暮らしの中にあった、毎日平凡に過ぎ去っていったものっていうのは、実は一番大切なものじゃないかな、というのがありまして。」
私は東京生まれの東京育ちで、そういう原風景というのはあまり体験出来なかったんですね。でも、例えば田舎のおじいちゃん、おばあちゃんの家に行った時のこととかを、この写真集を通して思い出して、なんか子供の頃にワープしていくような、昔の自分を今ここに取り戻しているような感覚になりました。
「そう見ていただけたら大変嬉しいです。この写真集を見てくれた人、全員が自分の故郷とか、子供の頃を思い出せるような、そういう風にはしたかったですから。」
こうやって見ると、本当に私達の周りから消えてってるなー、原風景って・・・。
「そうですね。実際に撮った場所は富山県の上市町という、本当に田舎の小さな町なんですが、そこでの撮影には4、5年かかっていて、その間にも何軒もの家が壊されたり、妻の実家もサッシが入ったりしてね。そのサッシが入った時に、お母さんに『なんかサッシで情緒が無くなっちゃいましたね。』って言ったんですよ。そしたら『いやー、冬は寒くてかなわないんだよ。』みたいなことを言われてね、それもなんかすごく撮影のヒントになったんですよ、その一言が。あ、僕らは都合のいい時に来て、都合のいい場所だけ撮って、さよならって帰っていくだけですけど、住んでる人たちにとってみたら大雪だの大風だの、やっぱり大変で過酷な状況なわけですよね。そうすると、情緒よりも、サッシを入れて暖かく過ごすというような生活がもちろん大事じゃないですか。そうしたらやっぱり、僕らは普段冷暖房の中にいて、たまに田舎に行って情緒だの、自然を壊すなだの、そんな偉そうなことをいってる割に、帰りにコンビニに寄ってペットボトルで飲んだりして、便利だねってやってるわけじゃないですか。なんかそれって違うんじゃないかなと。じゃ今更、冷暖房やコンビニの便利な生活を否定して、昔の生活に戻るというのも無理ですよね。だったら自分に出来ることは何かな、といったら自分は写真家だから、写真に撮るっていうのが最大限のことだと思うんですよ。」
今世紀は本当に環境を考えなきゃいけないって言ってるじゃないですか。その、環境を考える・自然を考える、ということは、最初に野寺さんがおっしゃてたように、自然ってそんなに弱いものではなくて、私達がどうにかしてあげるなんて驕りですけど、それでも、人間の自分達の気持ち、考え方をある種スローダウンというか、せめて、この『帰郷』という作品を拝見していると、シンプルなもので満足していた子供の頃の気持ちを少し取り戻せる、そうすると、何か今を見直せるひとつのきっかけになるのかな、と思います。
「ええ、最近はもう少しスローに生きようよ、スローに生きてもいいんじゃない?みたいなのが、はやってきてると思いますね、現実は忙しくて色々なことに追われちゃうんですけど。でも、自分もその片棒を担いで、ちょっとコーヒーを飲むように写真を眺めていただいて、気持ちがね、田舎へ行ってみたり、海辺へ行ってみたりというね、なんかそういうのが必要になってるんじゃないかな、という気はしますね。」
野寺さんのお話や写真を通じて、日常の何気なく見ているものだったり、平凡に過ぎ去ったものにほど、実は奥深くて大切なことが多いのかな、と改めて認識した気がしました。
さて、お話にもあったように、野寺さんの写真集『TOKYO BAY』は残念ながら絶版となってしまっているんですが、『TOKYO BAY』に載っていた写真も何枚か含まれている写真集、野寺さんがライフワークとして撮り続けていらっしゃる海の写真をまとめた『海の日』は、「ピエブックス」から、本体価格、2,400円で発売中です。
また、野寺さんにとっては最新の写真集にあたる『帰郷』は「風土社」から本体価格、1,800円で発売中です。日本の原風景といえる作品ばかりなので、初めて見てもとっても懐かしく感じるこの写真集、特に、この夏、ふるさとに帰れないという方は、この写真集をご覧になって、気持ちだけでも里帰りをなさってみてはいかがでしょうか。
そして同じく「風土社」からは『ALOHA!ハワイやすらぎの7日間』という、7日間の旅日記風の写真集も出ているんですが、こちらも、本体価格、1,800円で発売中です。
これらの写真集、ぜひ、あなたのライブラリーに加えて下さいね。
野寺治孝さんオフィシャル・サイトはこちらです。
http://homepage3.nifty.com/nodera-harutaka/
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