2011年3月6日
今週のベイエフエム/ザ・フリントストーンのゲストは、青山潤さんです。
東京大学・大気海洋研究所・准教授の青山潤さんは、ウナギ研究の第一人者・塚本勝巳教授率いるウナギ・グループの研究員として、ウナギの調査・研究に力を注いでらっしゃいます。
この番組には2007年にもご出演いただき、ウナギの神秘的な生態についてお話していただきました。そんな青山さんを再びお迎えし、先頃大きく報道されたニホンウナギの卵を採取した話や、青山さんの新刊『うなドン 南の楽園にょろり旅』のお話などうかがいます。
●今回のゲストは、東京大学・大気海洋研究所・准教授の青山潤さんです。よろしくお願いします。
「よろしくお願いします。」
●先月ニュースにも取り上げられましたが、青山さんの研究チームがニホンウナギの卵の採取に、世界で初めて成功しました。改めてうかがいたいんですけど、これはすごいことなんですよね?
「そうですね。世界で初の天然のウナギの卵が見つかったというのは、前例がないので、すごいことですし、嬉しいです!」
●ウナギって、蒲焼にして食べたりして、私たちにとって身近な存在だと思っていたんですが、このニュースを聞いたとき、ウナギの生態がまだ謎に包まれているところが多いことに驚きました。
「ウナギって、私たちが普段食べている美味しい魚とはちょっと違いますよね。日本人にとってウナギって、“土用の丑の日”が夏の風物詩だったり、今はもうないですけど、京都の三島神社の絵馬には、神の使いとしてウナギが描かれていたり、昔話に出てきたり、カルタに出てきたりしているので、ただの食べられる動物というだけではなくて、日本の文化と深い関わりがある特殊な存在ですよね。」
●ウナギの生態って、謎に包まれている部分も含めて、どういったものがあるんですか?
「ウナギは川にいる生き物で、淡水魚の図鑑に載っているんですが、産卵を海で行なう“降河回遊魚”という種類の仲間なんです。例えば、明治初期の頃はウナギがどこで産卵しているか分かっていなかったんです。池の中のウナギを獲っても、自然にわいてくる、だけど誰も卵や小さなウナギを見たことがなく、当時の新聞に“半分山芋のウナギが見つかった”という記事がでていたんですね。新聞記者は『これは珍しい』ということで、全国の専門家の先生方に聞いたんです。すると、その人たちは『ウナギは山芋から生まれるんだから、当たり前のことだ』と書いてある記事があるんですね。要するに、昔はそのぐらい、ウナギがどこから来るか分からなかったんです。 それが、ニホンウナギだと、20年ぐらい前に、産卵のためにグアム島の近くまでの3,000キロぐらいの距離を回遊しているということが明らかになったんですね。」
●私たちの食卓には当たり前のようにあるじゃないですか。あのウナギは一体どこから来ているんですか?
「それは、グアム島付近の産卵場で生まれた子供が海流に流されて日本にまで来るんですけど、そのときに“シラスウナギ”という発達途上の種類になりまして、冬場に川の河口に集まってくるんです。それを獲って、養殖池に入れて大きくしたものを養殖ウナギといって、私たちが食べています。“養殖”といっても、実際は海を3000キロぐらい旅してきて、日本にたどり着いてきているので、他の魚の養殖とは違うんですね。」
●そうなんですね。卵からじゃないんですね。今回、ウナギの卵を発見したじゃないですか。そうすると、日本のウナギの養殖が変わってくるんですか。
「卵から人工的にウナギを養殖しようという試みは、日本でも1960年代からずっと行なわれていたんですが、産卵している場所が分からないし、ウナギの子供がほとんど獲れていなかったので、ウナギの子供が何を食べているかが分からなくて、失敗の連続でした。日本の水産学を専門としている人たちにとっては、悲願の一つだったんです。それが、つい最近あった『ウナギの完全養殖に成功した!』というニュースや、今回の卵の採取のことなど、科学の進歩によって、少しずつ実現の可能性が近づいてきています。」
●世界には、他にも色々な種類のウナギがいるんですか?
「最新の情報で知られているのは、世界中で19種類のウナギがいるんですけど、その中で“確からしい”産卵場が分かっているのは、大西洋にいる“ヨーロッパウナギ”と、“アメリカウナギ”、そして、今回採取することができた“ニホンウナギ”の3種類です。残りの16種類については、どこで生まれているのか、ほとんど分からない状態です。」
●まだまだ謎に包まれている部分が多いんですね。
「そうですね。私たちは、全種類のウナギの産卵所を明らかにしたいと思っています。」
●前回出演していただいたときは18種類とおっしゃっていましたが、最近、新種が発見されて19種類になったんですよね。そのことについてお話していただけますか?
「前回この番組に出た後、フィリピンの山奥に行ったんですが、そこで、これまで知られていなかったウナギが1種類発見しました。ごく最近のことなんですけど、ルソン島で発見したので“ルソネンシス”という名前を付けて学会に報告して、それで19種類になりました。フィリピンにあるルソン島の山奥に“アイタ族”と呼ばれている、東南アジア一帯に住んでいた狩猟をする原住民がいるんですが、彼らはフィリピンの街から徒歩二泊三日ぐらいのとことろで、電気・水道のない暮らしをしているんですね。その彼らが獲っているウナギが新種だったんです。
彼らの村を訪れて、彼らの村で数日過ごしました。帰るときに、獲れたウナギが40匹ぐらいいたんですけど、重かったので、彼らから馬を借りて、街まで戻るということをしてきました(笑)」
●いい人たちなんですね(笑)。
「言葉は全然通じないんですけど、いい人たちです。」
●新種のウナギは、それだけ険しいところにまで行けるウナギだったんですね。
「そうですね。同じ川には他の種類ウナギも住んでいるんですけど、実はその川の下の方で調査をしていたんです。そこには今まで知られている種類のウナギしかいなかったんです。その川の上流の方まで行って、川幅がまたげるぐらいにまで狭くなってきたところに原住民の人たちが住んでいるんですけど、そこでウナギを獲ると、全部新種だったんです。なので、おそらくですけど、同じ川でも、ウナギの種類によって住む場所が分かれていると思います。今回見つかった種類は、あまりにも山奥にいたために、あそこまで山奥に行く人はいなかったということもあって、発見されてなかったと思うんですね。」
●原住民の方たちは普通に食べていたんですよね?
「そうですね。彼らは種類なんて一切認識していないですけど、そのウナギこそ、まさに新種でした。」
●私たちが知っているようで意外と知らないウナギの調査方法なんですが、どうやって行なっているんですか?
「先ほど話したとおり、ウナギは川と海の両方に住んでいるんですが、今回の卵を発見した海の調査は、極めて原始的な方法で行なっています。1960年代から日本のウナギの産卵場調査を行なっていますが、当初はどこで産卵をしているか分からないので、海図の上に線を適当に引いて、線と線の交点のところをポイントとして“プランクトンネット”という大きい網を海の中に入れて、卵や稚魚がいるかを調べるという方法です。それで獲れた個体数を書いていけば、なんとなく分布が見えてきます。そういう風にして、より小さいものを求めていくというのが海での調査方法となります。今回、卵を採取した場所は、日本で50年近く、私たちのような研究者たちがこれまで取り組んできて、最後の最後の一点だったんです。川は、特別な許可がいるんですけど、電気を使って、川にいるウナギを獲ったり、釣り針を使って獲ったり、エサを入れた、ウナギを獲るための箱を使って獲ったりする方法です。
私たちがこれまで世界中のウナギを集めてきたのは、ウナギがどのような進化をしてきたかを研究するためなんですけど、そのためには“正真正銘のウナギ”じゃないといけないんです。ご存知だと思いますが、全ての生き物って、今では、基準となる標本があるんですね。例えばニホンウナギだと、ニホンウナギの中のニホンウナギといった、全てのニホンウナギを規定する一つの標本があるんですが、それがオランダの博物館にあるんですね。私たちが必要だったのは、世界中のウナギの本物により近いものだったので、古い文献を調べて、基準となる標本が獲られた場所と同じ川から獲ることにしました。まず、100年前ぐらいに書かれた文献に載っている地名に行って、そこから少しずつ調査していくという方法をとりました。」
●「これだ! あの種類だ!」と思って獲ったけど、「似てるけど、違うな」っていうことはあるんですか?
「ありますね。先ほど話した通り、ウナギは世界中で19種類いるんですが、ウナギをパッと見せられて、種類を正確に言い当てる自身は、ないです。そのぐらい、どのウナギも形が非常によく似ているんですね。だから、大体の見当はつくんですけど、最終的な判断をするには、遺伝子を調べて、その種類特有の遺伝子かどうかまで調べないといけないです。なので、アフリカから、○○という種類だと思って持って帰ってきて、遺伝子を調べてみたら、違っていたなんてことは何度もあります(笑)」
●ウナギを調査するのは非常に大変だということですが、青山さんは先日、ウナギ採取の旅をまとめた本「うなドン 南の楽園にょろり旅」を講談社から出版されました。私も読ませていただきましたが、改めて、この本は、いつ・どこの旅のお話なのか、教えていただけますか?
「この本は三編の構成になっていまして、最初は私のウナギ研究を始めた頃のインドネシアに行ったときの話で、私がどうやってウナギ研究を始めたかといった内容です。次は、1996年にタヒチに行ったときの話で、最後は、調査船でインド洋に行って、インド洋のウナギの産卵場調査をしたときの話となっています。」
●それぞれ、どんな種類のウナギを探しにいったんですか?
「最初の話では、ウナギって海外に行って簡単に獲れるものなのか、私は当然のこと、当時の指導教官をしていただいていた塚本勝巳先生もやったことがなかったので、分からなかったんですね。『ウナギを研究しよう』と二人で盛り上がったのはいいものの、『ところで、そんな簡単に獲れるの? だったら、研究をやる前に、一回行ってみたらどうだろう?』ということになりました。世界中で分布している数が最も多いのはインドネシアなんですね。そこで塚本教授が『僕がポケットマネーで半分出すから、観光旅行でもなんでもいいから、調査という名目じゃない状態で、ウナギが獲れるかどうか見てこい』ということで、行ったのが最初の話です。なので、このときは種類なんてどうでもいい、ウナギならなんでもいいという状態でした。
次の話では、研究も進んでいまして、そのときは南太平洋にいる“メガストマ”という種類を探していました。
最後の話では、インド洋のウナギの産卵場調査なので、小さなウナギの子供であれば、種類は問いませんでした。」
●インドネシア・タヒチ・インド洋、それぞれで大変な苦労があったかと思いますが、インドネシアに行ったときに、たまたまラマダンの時期に行ってしまったということが、私がこの本を読んでいてすごく印象的だったんですね。ウナギの調査に行っているとき、文化の違いを感じることって多いんですか?
「多いですね。先ほども言いましたけど、基本的な対処として、現地の人たちに助けてもらいます。そこから全てがスタートして、現地の人が次の人を紹介してくれて、そしてまた次の人を紹介してもらってという感じで、ときには家に泊めてもらったりすることもあったりします。そういう風にしているから、文化の違いにはよく直面しますね。」
●コミュニケーションはどのようにしているんですか?
「基本的には気合いですね。最初に行ったときなんて、当然インドネシア語なんて分かりません。山に入っていけば、英語を理解してくれる人もいなくなりますので、あらかじめ写真とウナギのスケッチを持っていって、インドネシアの場合だと、“欲しい”と“買う”という言葉だけを辞書で調べて、頭の中に叩き込んでいきます。そこで現地の人にウナギの写真を見せて『欲しい、買う』だけをひたすら言って、色々な人に聞いて回っていきます。」
●現地の人の反応はどうなんですか?
「命知らずの好奇心を持っていて、自分の仕事を投げ出してでも、面白いことがあると付き合ってくれる人って日本にもいるじゃないですか。そういう人って世界中どこにでもいて、そういう人たちが手助けしてくれるんですよね。そういう人たちから全ての話は広がっていきますね(笑)」
●他に苦労されたことってありますか?
「インド洋の調査のときは調査船の上だったので、生活的には不自由がなかったんですけど、タヒチはご存知のように、新婚旅行のメッカで、リゾート地で、楽園ですよね。ああいうところでウナギを獲りにいったので、なぜだか川原で野宿をしたり、食べ物を持たないで山の中に入っていって、最終的には山から出られずに野宿をせざるを得なかったということはありました。文化とは違うんですけど、作業着を着た私たちが食べ物を食べずにヘロヘロになって歩いている横を、ビキニを着た観光客がサングラスをかけて浜辺で寝転んでいるということもありましたね。」
●話を聞いていて感じたのは、調査って聞くと、研究者のような服装で、ジープのようなものに乗って、コーディネーターが現地に連れていってくれて、そこで研究者は捕まえて、サンプルを持って帰るというイメージがあったんですけど、それとは全然違うエピソードが満載ですよね(笑)。
「そうですね(笑)。確かにそういう手法もあるんですけど、私たちが専門としている生物学・海洋学の分野だけでなく、今の研究会全体を考えると、野外にでて、実際のデータを取るようなことをしている人たちは、ほとんど私たちに近い状態、なかには私たちよりも酷いようなことを普通にしているんですよね。だけど、先ほど長澤さんが話していたようなスタイルが、一般の方たちがイメージされている研究者のスタイルだと思うんですね。今回の本では、そのスタイルだけじゃない、むしろ、事実はそうじゃなくて、研究者の実態はこうなんだと、笑いながら読んでいただきたいと思います。」
●環境の変化によって、ウナギの生態が変わるというのはあり得るんですか?
「それはあり得ますね。今回、かなりピンポイントで産卵場が明らかになりましたけど、これまでの産卵場調査のデータを振り返ってみると、どうやら、産卵場が少しずつ南の方に移動しているんじゃないかと思えるんですね。その原因は、エルニーニョ現象や地球温暖化だと思いますね。ここ数年で、ウナギの資源がものすごく減っていて、業者の方もすごく困っているんですけど、はっきりとは言えないんですけど、そういった、近年の地球規模での環境変動が影響しているんじゃないかと思いますね。」
●今回の卵の採取の成功によって、減ってきてしまっているウナギの数が増える手立てが分かったりするのでしょうか?
「しませんね。これは、私の個人的な意見なんですけど、この研究に参加された方にとっては、人口種苗生産への情報の提供になると思うんですね。これは非常に重要なものです。あと、ウナギ減ってきていると言われていますけど、数の予測が全くできないんですね。なので、来年は豊漁なのか不漁なのかが分からない状態なんです。もっと産卵場が明らかになって、ウナギの産卵方法が分かれば、そういった面での役に立つとは思うんですけど、私がそこまで行くには、越えないといけないステップは限りなくあるというのが今の印象です。
今回の卵の発見がどういう風に社会に役立つかと聞かれると、あくまで私個人の意見ですけど、“ない”と答えます。むしろ、今回は『人類が初めて産卵場を見たんですよ。面白いだけじゃダメですか?』と言いたいです(笑)」
●そうですよね(笑)。私たちはどうしても、それを何かに繋げないといけないと思ってしまいます。
「そう思うのは正しいことだと思います。私たち研究者もそういうことを考えていかないといけないんですけど、利益直結の研究ばかりに集中すると、研究者がこういうことを言うのはよろしくないと思うんですが、文明の発展など、もっと広い視野で見ると、それは必要じゃないかなと思うんですね。そういったこと全てひっくるめて『面白いだけじゃダメですか?』って言いたいです。」
●とりあえずは、この素晴らしい発見を喜びましょう! 最後に、青山さんが今後知りたいことがあれば、教えてください。
「今年も産卵場調査のための航海があるんですけど、今回は卵を採取する必要はないんですね。むしろ知りたいのは、どういった環境でウナギが産卵をするか、ウナギの産卵場が形成される環境要因を明らかにすることなんです。これが分かれば、事前にカメラを置いておけば、ウナギの自然の産卵シーンを録画することができますよね。これができれば、来年の資源がどうなるのか、今のウナギの数がどうなのかが、はっきりと分かると思うんです。なので、今のところは、産卵の現場を押さえたいですね。」
●それは楽しみですね! もし成功すれば、世界初ですよね!?
「もちろんそうですよ!」
●私も是非、そのシーンを見たいので、その素晴らしい映像が撮れたときには、またこの番組に出ていただいて、お話を聞かせてください。というわけで、今回のゲストは、東京大学・大気海洋研究所・准教授の青山潤さんでした。ありがとうございました。
青山さんのうなぎのお話は、どれも興味深い話しばかりだったんですが、なにより、いつも美味しく食べているうなぎが、まだまだ謎に満ちた生態だったという事には驚きでした。
そんな謎に満ちたうなぎの生態の新発見を、青山さんを始めとする日本人の研究者が、次々となさっているのは、同じ日本人として、とても嬉しいですね。
今後の青山さん達の研究に、更に期待したいです!
講談社/定価1,680円
青山さんは研究者のほかにエッセイストとしても活躍されています。そんな青山さんの新刊「うなドン 南の楽園にょろり旅」は、タイトルの通り、南の楽園タヒチや、インドネシアにウナギを追い求めた抱腹絶倒の珍道中が綴られています。
ウナギの研究者がいったいどんな活動をしているのか、分かる内容となっていますので、是非ご覧ください。
青山さんをはじめとするウナギ研究グループが、7月に東京大学・本郷キャンパス内にある「東京大学総合研究博物館」でウナギに関する総合的な展示を行なうことで準備を進めています。
各方面の協力を得て、とにかく面白い展示にしたいとのこと。詳細が決まり次第、この番組でもお知らせします。