2011年11月26日
今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、篠宮龍三さんです。
日本でただ一人のプロのフリー・ダイバー、篠宮龍三さんは、映画「グランブルー」のモデルになったあのジャック・マイヨールに憧れ、フリー・ダイビングを始めました。そんな篠宮さんは、2009年12月にマイヨールの記録を超える水深107メートルをマークし、さらに2010年4月には現在のアジア記録の水深115メートルを達成する等、超人的な記録を残しています。また、“ONE OCEAN~海はひとつ”というメッセージを掲げ、海洋保護活動も行なってらっしゃいます。
今回はそんな篠宮さんに、水深115メートルの世界についてうかがいます。
※まずは、フリー・ダイビングとはどんな競技なのか、お聞きしました。
「素潜りですね。自分の呼吸だけで深く潜って帰ってこられるかというスポーツです。」
●実は私、スキューバーダイビングをやっているんですけど、タンクを背負ってのダイビングと、自分の呼吸だけのダイビングとでは、全然違うんだろうなと思うんですけど、どうなんですか?
「そうですね。“似て非なるもの”で、同じダイビングでも全然違いますよね。」
●自分の肺の中にある酸素だけで潜るのって、どんな感じなんですか?
「潜る直前に一気に吸い込んで、その空気だけで潜っていくので、体の中はなるべく省エネにしないといけないんですね。無駄な動きをなくして、酸素の消費効率をよくしていかないと、すぐ息が上がってしまいますので、それに気をつけながら潜っています。」
●奥深いですね。フリー・ダイビングは競技として行なわれているんですか?
「そうですね。なので、選手はみんな記録を目指して潜っています。」
●種目も何種類かあるんですか?
「細かく分けると、プールで行なう競技が三種目で、海で行なう競技が五種目の八種目に分かれます。」
●フリー・ダイビングって、海で行なうイメージがあったんですけど、プールで行なう競技もあるんですね。
「そうですね。プールで息を止めたり、ひたすら潜水をするというものもあります。」
●ちなみに、篠宮さんがやっている種目はどういったものなんですか?
「僕がやっているのは、純粋な素潜りである“コンスタント・ウィズ・フィン”という種目です。これは、フィンを使って、海でどれだけ深く潜って帰ってこられるかというものです。」
●フィンを使って潜るということですが、最後までフィンを使って潜るんですか?
「水面から約30メートルまではフィンを使いますが、そこから下は肺とウェットスーツの浮力がなくなっていきますので、フィンを使わなくてもスムーズに沈んでいくんですよね。なので、30メートルから110メートルぐらいまでは、一切手足を動かさずに潜っていくという状態になります。
体をずっと動かしていると、酸素をたくさん使ってしまいますので、潜るときはなるべく省エネでいかないといけないんですね。酸素を温存させておいて、一番下でターンをします。そこから泳いで帰ってきますので、そこで酸素を使います。なので、酸素を温存させる必要があるんですね。」
●記録のやりとりは、どうやって行なわれているんですか?
「まず、潜る前の日に、100メートルなら100メートルと、自分がどこまで行くかを大会の主催者に申告をします。当日は、申告した分だけ海の中に下ろされていて、その一番下に深度を証明するタグがあるんですけど、それを取って、帰ってこないといけないんですね。」
●事前申告制ですか。
「そうです。なので、申告したときから勝負は始まっているんですね。」
●これって、他のスポーツにはあまりないシステムじゃないかと思いますが、やっている側としたら、こういったシステムはどうですか? やりやすいですか?
「これはやりやすい・やりづらいに関わらず、海に潜るというのはリスクを伴いますので、安全管理をしっかりとしないといけないんですね。そのためにも、これは必要なことだと思います。
他のスポーツのように『よーいドン!』で一斉にスタートすることができないので、自分の力を冷静に判断して、ちゃんとゴールに到達できるかどうかを判断する力を競い合うスポーツなんです。」
●単に、より深い記録を出すことがいいというわけではなくて、自分の能力がどのぐらいあるのかを冷静に判断する力も競われているんですね。
「そういうことですね。なので、フィジカルな面だけじゃなく、メンタル面、知性も問われるスポーツなんですね。」
※篠宮さんは、水深115メートルのアジア記録保持者ですが、海に深く潜る時はどんなことを考えているのでしょうか?
「ほとんど何も考えてないですね。潜っているときは“無”の状態がベストです。脳は体の中で一番酸素を使う所なので、頭の中で色々と考えてしまうと、そっちに酸素が取られてしまうんです。なので、この競技では、リラックスして何も考えないという状態がベストですね。」
●そのリラックスした状態で、どんどん潜っていったかと思いますが、それだけ深くまで潜ると、体はどういう風に変化していくんですか?
「肺やお腹など、体の中に空間がありますよね。その空間を守るために、横隔膜が肺に向かって引きあがってきます。それによって、肺が押しつぶされることを防いでいるんですね。その他にも、血液を脳に集める“ブラッド・シフト”という現象があります。これは、脳は生きていく上で一番大事な臓器なので、脳を守るために、たくさんの血液と酸素が脳に集めるといった現象です。」
●色々な変化があるんですね。
「他にも、海の中に入ると心拍数が下がっていったり、体の中には脾臓という臓器があって、その脾臓には赤血球が蓄えられているんですが、その赤血球が脾臓から放出されて、酸欠に耐えられるようになっていくんですね。」
●改めて、人間の体って不思議だなって思いますね。
「精密機械みたいな感じですよね。」
●それだけの深さでも、人間の体は順応することができるんですね。
「生物は海から生まれていますし、人間もお母さんのお腹の羊水の中に10ヶ月ぐらいにいたので、水に対する適応性はあると思いますね。
潜っていくと、周りの音はしなくなっていきますが、自分の心臓の音だけが聞こえてきますので、その心臓の音を聞いていると、『生まれてくる前に聞こえていた音って、こういう音なのかな』とか思うんですよね。」
●115メートルの世界って、どんなところなんですか?
「まず、100メートルを超えると、光が届かないので、真っ暗ですね。さらに音もないですし、重力もほとんど感じないので、海の中にいる感じがしないんですよね。 海といえば、潮風が吹いていて、ヤシの木が風によってザワザワと揺れていて、光に溢れていて、日焼け止めの香りがするといったイメージがありますが、100メートルを超えた海の世界はそういったものが全くないので、宇宙に近い場所ですね。 地球の中心部に向かって潜っていくんですけど、あたかも地球の外側に出るような宇宙感覚が体験できる場所ですね。」
●不思議な感覚ですね。私は30メートルまでは潜れるんですが、それ以上だと周りが暗くなってきて、「怖い」と思ったんですね。今まではダイビングって、すごく楽しいなと思っていたんですけど、深くまで行くと、「ここから先は危険な気がする」と感じたんですね。篠宮さんはそういった感覚はないんですか?
「ありますね。それは生物としての生きるための本能だと思います。僕の場合、記録を少しずつ伸ばしていって、今では115メートルまで行っていますが、105メートルに挑戦したときに、104メートルで引き返してきたんですね。 あと1メートル足らずのところで、手を伸ばせばタグに手が届くというところだったんですが、自分の中にある、生き物としての本能が『これは違う。水面に引き返せ!』と言うんですね。そういう場合は、絶対にそれに従って帰らないと危ないです。たとえ、あと1メートル先に進むだけでタグが取れたとしても、帰ってくるときに、酸欠で失神してしまうということが起きてしまうので、そういう直感的な声には必ず従うようにしています。」
●フリーダイビングをやっていくことで、そういった感覚が研ぎ澄まされていったりするんですか?
「そうですね。生きるか死ぬかという世界にいると、少なからずそういう本能的な部分や直感的なところが冴えてきて、『生き残るぞ!』という感性が鋭くなっていくと思います。」
※篠宮さんは海を前にしたとき、どんなことを思うのでしょうか?
「海に対して感謝をするということですね。やっぱりキレイな海でないと、潜る気にもなれないし、水は全ての生き物を生かせてくれるものなので、まずは海に感謝をして、海に入ったら、水と調和ができるように心がけています。」
●水と調和をするのは、どういう風にしているんですか?
「考え方の問題なんですが、海や水は人間を生かすものではありますが、一歩間違えれば命を落としてしまうというリスクのある世界だと思うんですね。そういう世界では自分の力は全く通用しないんですよね。力ずくで何とかしようとか、技に頼ろうとかしてしまったら、自分の目標とするところに到達できなくなってしまうんですね。なので、海や水に心からリスペクトして『潜らせていただきます』という気持ちで入っていかないと、危ない目にあったりするんですね。」
●水の中にいると息ができないし、すぐそこまで泳ぐのも、必死で泳がないと届くこともできないじゃないですか。そう考えると、水の中では自分は無力だなと改めて思いました。
「でも、そういう風に“人間の力には限界があって、大自然の中では無力に等しい”と感じられるのは、とても幸せなことだと思うんですね。自分の力の限界を知るというところから、できることが分かってきますので、『自分は何でもできる』と思い上がるより、『自分にもできないことがある・通用しないものがある』とか『自分より遥かに大きな“自然”という存在がある』ということを身近に感じられる方が幸せな人生が送れるんじゃないかと思いますね。」
●篠宮さんは“one ocean”という言葉をよく使っていますが、“one ocean”に込められた意味はどういったものなのか、教えていただいていいですか?
「“one ocean”というのは二つのメッセージが入っています。まず一つ目は、よく“七つの海”という表現をされるんですけど、海は七つに分かれているのではなくて、全て一つに繋がっていますよね。だから、同じ魚が日本と海外で見られたりしますよね。よくない点でいうと、一ヶ所でゴミを出してしまうと、それが世界中に広がってしまいますよね。そうやって繋がっているからこそ、一つの海を大切にしていくという気持ちが、“one ocean”の中に入っています。
二つ目は、コミュニケーションの面なんですけど、陸は五大陸と言われているぐらい分かれていますけど、海はその五大陸を全て包み込んで、一つに繋いでいますよね。なので、陸と陸、国と国、人と人とを、海によって繋いでいければいいなと思っています。
“エコロジー”と“コミュニケーション”。この二つの軸が“one ocean”の言葉の中に入っています。」
●私は、海は繋がっているからこそ、自分に返ってくると思っているんですね。だから、海を汚したら、結局自分に返ってくると思うんですね。そういった意味でも、海は大切にしないといけないと思っているんですね。
「その通りですね。海って、人間の行動や考えをすごくよく反映している場所なんですよね。海を汚してしまうと、海に入りたくないと思うじゃないですか。なので、海って自分がやったことが全て反映される鏡みたいなものじゃないかと思うんですよね。」
●篠宮さんは現在、115メートルという記録を持っていますが、次は何メートルに挑戦しますか?
「現在の世界記録が124メートルなので、それを超えて125メートル以上に挑戦したいと思います。」
●125メートルですか! 想像ができないし、私たちは絶対に行けない世界なので、篠宮さんには是非とも行っていただいて、そこがどんな世界なのか教えていただけたらと思います。
「それが僕の役目だと思っています。人がなかなかできないようなことをやって、自己満足で終わるんじゃなくて、そういう体験を、皆さんに分かりやすい言葉でお伝えして、共有できればいいなと思っています。」
(この他の篠宮龍三さんのインタビューもご覧下さい)
篠宮さんが持っているアジア記録の115メートルがどれ位の深さか、イメージしづらいかもしれませんが、実はお台場にあるパレットタウンの大観覧車の高さが、ちょうど115メートルなんです!それを考えると、本当に凄い記録ですよね。
そして記録もさる事ながら、篠宮さんがフリーダイビングを通して感じてらっしゃる“one ocean”は、私も本当にその通りだと思いました。すべてに繋がる、たった一つしかない大切な海。そんな海をどうすれば守る事が出来るのか。篠宮さんの活動を応援しつつ、改めて考えていきたいと思います。
竹書房/定価1,470円
篠宮さんの待望の新刊。人類史上5人しか達成していない、水深115メートルの世界は、死に向かい合った極限の状態。そこで篠宮さんは何を見て、どんなことを感じたのか、興味のある方はぜひ読んでください。
フリー・ダイバーの篠宮龍三さんと、登山家・栗城史多さんの「無酸素兄弟」によるトーク・ライブ。海と山の違いはあるものの、極限に挑む二人のトークですので、聞き逃せません!
◎開催日時:12月3日(土)の午後2時から
◎場所:鎌倉・光明寺
◎詳しい情報:篠宮龍三さんのオフィシャルサイト