今週も先週に続いて、今月7日に長野県・上水内郡・信濃町にある「アファンの森」で行なわれた「馬搬」研修イベントの取材リポートをお送りします。第二弾となる今回は、イベントの仕掛人「C.W.ニコル・アファンの森財団」の理事長C.W.ニコルさんと、岩手県盛岡市で馬の生産や育成を行なってらっしゃる「八丸牧場」の八丸由起子さんに再びご登場いただきます。
※今回の馬搬研修イベントのキッカケは、去年の5月に、岩手県・遠野馬搬振興会の事務局長・岩間敬さんと八丸さんがニコルさんを訪ね、英国で開催される馬搬の大会に参加することを伝えたことでした。彼らの活動に関心を持ったニコルさんは、馬搬の伝統的な技術を広めたいという思いと、岩間さんや八丸さんの活動の追い風になりたいと想いから、今回のイベントの開催を決めたそうです。まずは、アファン・センターで行なわれたニコルさんの講演から、おさらいの意味も込めて、馬搬に興味を持つようになったキッカケや思いをご紹介しましょう。
ニコルさん「27年前から、アファンの森を作り始めましたが、その時代から今までの間で、この地域から馬が消えました。僕が二十歳ころだった50年ぐらい前は、どこにでも馬はいたと思います。ではなぜ、今馬搬なのかというと、英国で何度もドキュメンタリーを作っていたこともあって、三年ぐらい前にチャールズ皇太子がこの森に来て、森の話をしたんですけど、そのときに『馬は使わないんですか? こういう美しい森なら、馬を使った方がいいですよ』って言われたんですね。僕はそのときに興味を持って、英国の馬搬を調べたんです。
1980年には、馬搬をやっている人は二十名ほどでしたが、僕が3年前に調べたら、会社が七十社ありました。あれからさらに増えてるんですよ。その理由は色々あります。まず、小さな森の生物の多様性を守るなら、馬の方がいいです。それと、英国は自然保護に関してうるさいんですよね。でも、馬を使って木を出していると、人が興味を持って近づいてくるので、そのときに木を切っている理由が説明できます。そのおかげで、それまでよく起きていた、木の伐採の裁判で、弁護士に支払うお金がかなり減りました。
また、林業には、経済的な面を中心に、合理的な部分がないとダメですし、美も考えないとダメですね。そういうことで、今世界で一番合理的な国は、ドイツでしょう。ドイツは、馬搬が最も行なわれています。確かに素晴らしい機械はありますが、その機械はものすごく高いですし、大きな機械を小さな森で使うと、ダメージが大きいです。もし、その大きな機械で何でも作業ができるのなら、日本の林業はもっとうまく行っているでしょう。僕は、林業が全て馬搬になるとは思っていませんが、林業がもっとよくなる道の一つだと思っています。」
※続いては、岩手県盛岡市で、馬の生産と育成を行なう「八丸牧場」を営む八丸由起子さんです。八丸牧場は2004年春に開墾、6年かけて、こつこつと整備し、2010年に開業しました。そんな八丸さんに馬を調教するスキルはどこで身につけたのか、お聞きしました。
八丸さん「それに関する専門学校に入ったとか、訓練を誰かに習ったというわけではなく、馬のトレーニングをやっている日本人のほとんどは自己流なんですね。そして、自分にとって、憧れやモデルとなる方を見つけたら、その人の真似をしたり、その人を“師匠”として、教えてもらいながら、自己流で学んでいきますね。
ところが、日本の馬のトレーニングって、海外と比べると、考え方や技術などが、非常に遅れているんです。日本は、馬に強制と屈服めいたことを長いこと行なってきたんですが、私はそれはおかしいと思っているんですね。確かに、馬は一時的にやってくれたとしても、心から納得していないので、行動の再現性がないんですね。そうではなくて、世界を見渡すと、馬が好んで仕事をしたり、喜んで人と一緒にやってくれるということが分かったので、今では色々な業界が外国の考え方や取り組みを学び始めているという実感がありますね。」
●好んでやってくれるには、どのような方法があるんですか?
八丸さん「ポイントがいくつかありますが、まず大事なポイントとして、馬が私たちに色々なリアクションを返してくれるんですよね。私たちはそれを“馬語”と呼んでいるんですが、馬の言葉を聞き分けられる耳を持つトレーナーとなることですね。彼らがボディランゲージで細かく出しているメッセージに聞き漏らさずに、聞いたことを受け入れて、それに合わせた対応をしていくことが大事ですね。
例えば、フランス人と仲良くなろうと思ったら、フランス語が理解できてないとダメでしょうし、ドイツの人と仲良くなろうと思ったら、ドイツ語が理解できていないとダメですよね。それと同じ考え方で、馬と親密な関係になろうと思ったら、馬と双方向の会話ができるようになることが大事だと思います。あと、他にも色々あると思いますが、“根気よく待つ”ことも求められます。私たちは『早く成果を出したい』とか『効率よくやりたい』と思ってしまいますが、彼らがゆっくり理解して、ゆっくり学習していきますので、それに合わせて私たちも待ってあげると、彼らが私たちに対して信頼してくれるようになってくれますね。」
●“馬語”って、馬は喋ることができないですから、ボディランゲージということですよね。例えば、どんな仕草がありますか?
八丸さん「例えば“目つき”ですね。リラックスしているときは優しくて可愛い目をしているんですが、ストレスが溜まっていたり、不安や恐怖におびえていたり、何かから身を守らないといけなくて緊張状態になっていると、可愛らしい目じゃなくなってしまうんですね。これって、人間と同じですよね。眼光が鋭くなったり、一点を凝視する強い目つきになりますよね。
そして“呼吸”ですね。リラックスしているときは、ゆったりと呼吸をしているんですが、恐怖にさらされたり、緊張状態になっていると、鼻息が荒くなったり、呼吸が早くなったりします。あと“皮膚の震え”もありますし、“毛づや”もそうですね。毛づやは、馬の健康状態を示しているんです。また、頭の位置や首も高さも精神状態や感情を表しているんですね。」
●人間と似てますね!
八丸さん「確かに似ているところがありますね!」
●先ほど、馬を見させていただいたときに、前脚で地面を掘るような感じでバタバタしていたんですが、あれはどういった意思表示なんですか?
八丸さん「バタバタさせている速度によって意味が変わってきます。馬が前脚をバタバタさせる行動を“前掻き”というんですが、ゆっくりとやっているときは『食べ物ちょうだい』とか『お水が飲みたい』という“催促”をしているんですね。それとは逆に、早いスピードでやっていると、理性を失っていて、感情的になっていたり、興奮状態になっていて、『ここから逃げたい』という気持ちになっているということなんですね。」
●それだと、さっきの馬は早かったから、感情的になっていたということなんですね。
※今回の研修イベントで講師として招かれた八丸さんに、こんな質問をしてみました。
●“馬は人を見る”とよく言われますが、それは感じることってありますか?
八丸さん「それはすごく感じますね! 同じ馬でも人を識別していて、主人が近寄ると、おりこうにしているんですが、私が近寄ると上から目線で小馬鹿にしたようなアプローチを受けたりするので、馬は分かってるんですよね。」
●馬って賢いですね!
八丸さん「ものすごく賢いです。だから、人間とこれまでの長い歴史の中で、暮らしや生活を共にしてきたんですよね。昔は田んぼや畑を耕したり、戦に行ったり、色々なものや人を運んだりして、いつも傍には馬がいたということを感じますね。あと、同じ哺乳類として、“お”と“さん”という丁寧語を付けて呼ぶものって、“お猿さん”と“お馬さん”だけなんですね。」
●確かに“お猫さん”って言わないですよね!
八丸さん「“おライオンさん”なんて言わないじゃないですか! “お猿さん”は私と同じサルの仲間だということもあるかと思いますが、“お馬さん”は馬と人ということで全然違うのに、そういう風に呼ぶというのは、彼らに対する敬服や敬意があるからなんだと思いますね。」
●そんな賢いお馬さんから、教わることがたくさんあったかと思いますが、今までどんなことを教わりましたか?
八丸さん「それは本当にたくさんのことを教わりましたね。まず私が実感しているのが、馬に限ったことじゃないかもしれないですが、彼らは一生懸命生きているんですよね。馬って人間と違って、利害関係があって計算したり、裏を読んだり、何かを企んだりせずに、まっすぐな気持ちで、シンプルに力強く生きている姿を見ると、いつも『こんな風に生きたいな』って思いますね。
特に、毎年春に小馬が産まれるんですが、馬の出産に関わる仕事をすると、初めて出産に携わったときのように、心の底からしびれますね。産まれることの素晴らしさや大きくなっていく成長の過程を共にすることで、命に対する尊い気持ちやシンプルに力強く、まっすぐに生きるということを学びますね。だから、取り繕ったり、飾ったりせずに、ありのままでいいんだっていうことを教わりますね。」
●そして、八丸さんは“美馬森プロジェクト”というものをやっているということですが、これはどんなプロジェクトですか?
八丸さん「このプロジェクトは、私たちのテーマの一つとして“馬を活かした街や地域を作りたい”というものがあるんですが、まずは盛岡市とタイアップして、中心市街地の活性化の事業に取り組んでいたり、山や森の整備が遅れていたりするので、馬の力を使って、美しい森を作るために、森の整備を整えていくことで、やがて“美しい馬・美しい森・美しい街”を日本中に普及させていきたいというものです。今では、震災で大きな被害を受けた被災地に焦点を絞って活動をしています。」
●今は被災地で活動をしているということですが、その他ではどのような活動をしているんですか?
八丸さん「岩手県内で、子どもたちに森の魅力や馬の魅力を伝えるために、被災地の子どもたちを森に無料で招待をして、馬と触れ合う機会を作ったり、森の学習をする場を作ったりしていますね。」
●それでは最後に、馬の魅力を教えてください。
八丸さん「たくさんの方から馬の魅力を聞かれて、なんとか馬の魅力を伝えようと、一生懸命考えて、言葉を色々と並べるんですが、いつも言った後に『まだ表現しきれてない』とか『まだまだ言葉が足りない』とか『こんな言葉じゃ収まらないぐらいの魅力があるんだよな』って思って、落ち込んだりするんですよね。そのことを他の人に話したら、『語れないぐらいの魅力があるんだね』って言われて『そうなんです! 言葉には表現しきれないぐらいの魅力があるんです!』って言ったことがあるんですね。
私自身も、今でも馬の魅力に惹かれている最中なんですよね(笑)。馬には色々な魅力があって、一言では言い表せないんですが、馬は私たちに多くのものをもたらし、多くのことを学ばせてくれて、たくさんのものをくれる生き物だと思っています。」
※最後に、今回のイベントの仕掛人、C.W.ニコルさんに再びご登場いただきます。馬搬は森への影響も少ないようです。
●“馬搬は環境に優しい”というのが、見直されるキッカケになってますよね?
ニコルさん「そうですね。それと、英国やドイツなど、色々な国で、森の木を変えたことも大きいですね。また、森は間伐しないといけないんですね。その場合、馬で間伐した方が、合理的でリーズナブルなんですよ。大きな機械を使って間伐すると、作業は早くできますが、その分コストは高いし、森に与えるダメージが大きいです。それと、ドイツの人が『これから数十年の間に、石油の値段が五倍ぐらいに上がるだろう』と言ってましたので、まさに、石油を使わない馬は“クリーン馬力”ですね。」
●確かに、今ではソーラーなど色々なエネルギーがありますけど、馬力ってすごくクリーンなエネルギーですよね。
ニコルさん「そして、馬は癒しの動物なので、僕の理想は、馬搬をやっていないときに、森にふさわしい馬車やソリとして動いてもらって、足の不自由な人や子供たちが素晴らしい探検ができるようにしたいですね。また、足腰が弱くなったお年寄りを馬車やソリで山にピクニックしにいって、そこでたき火をやりながらお酒を飲んで、昔話に花を咲かせられたら最高ですね! 車の臭いとかないところに連れていったら、お年寄りの方は元気になりますよ! でも、まぁ、これは自分の老後を考えたときに思いついたことなんですけどね(笑)」
●ニコルさんも、そういったことをしたいんですね(笑)
ニコルさん「90歳ぐらいになったら『山に行きたいから、馬車用意して!』って言いたいですね(笑)」
(この他のC.W.ニコルさんのインタビューもご覧下さい)
馬を使って木材を運び出すと聞くと、現在の日本では何か特別なことのように感じてしまいますが、考えてみれば、日本では昔から、馬は人のそばにいて畑を耕し、馬車や荷車をひくなど、人間と一緒に仕事してきたんですよね。人が通れるほどのスペースで木材を運び出す馬搬を様子を目の当たりにすると、森や生態系への影響が本当に少なく、現代でも小規模林業などで広がる可能性は充分にあると感じました。
C.W.ニコルさんが理事長を務める「C.W.ニコル・アファンの森財団」と、「遠野馬搬振興会」、そして「八丸牧場」の詳しい活動内容や近況などは、それぞれの公式サイトをご覧ください。