今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、内田正洋さんと沙希さんです。
海洋ジャーナリストの内田正洋さんの娘さん・沙希さんは“ホクレア号航海プロジェクト”のメンバーで、ハワイの伝統的な航海カヌー・ホクレア号と一緒に世界を航海しサポートする航海カヌー・ヒキアナリア号のクルーに抜擢され、活躍しています。
昨年1月に、一時帰国中の沙希さんとお父さんの内田さんをお迎えし、4~5年かけて世界を一周し、ハワイに戻るというホクレア号航海プロジェクトが進めている“マーラマ・ホヌア世界一周航海”についてお話をうかがいました。そんなプロジェクトのメンバーとして日本人でただ一人選ばれている沙希さんと、娘を見守る内田さんを、この番組に再びお迎えすることが出来ました。今回は、去年どんな航海にチャレンジしたのか、じっくりお話をうかがっていきます。
※世界一周航海プロジェクトのシンボル“ホクレア号”は、1975年に復元された古代式の航海カヌー。全長は20メートルほどの船体がふたつある双胴船で、帆を使って風だけの力で進みます。このプロジェクトの中心人物が、星の航海士と呼ばれる“ナイノア・トンプソン”さん。
ナイノアさんは1980年にホクレア号のキャンプテンとして、海図や羅針盤などの一切の近代器具を使わずに、星や太陽、波や風などを頼りに航海するミクロネシアに伝わる伝統航海術で、ハワイからタヒチまでの4,000キロの海の旅を成功させました。この偉業はハワイの人たちに大きな勇気と誇りをもたらし、自然と調和して生きてきた祖先の知恵や技術、文化や伝統を学び直して、ハワイ人としてのアイデンティティーを取り戻そうという運動につながりました。そんなホクレア号に10年ほど前から深く関わる内田さんは、こんな風に見ています。
内田さん「彼女たちが乗っている航海用カヌーは太平洋全体をフィールドにしたようなカヌーで、日本にはそういったカヌーはないです。これは太平洋の人類拡散をたどる最終章のプロジェクトとして始まりました。太平洋は広いですが、それぞれの島の人たちは『祖先がここまで来ているから、20世紀に始まったような近代文明みたいなものじゃなく、自分たちの祖先たちが世界中に拡散していったことを自覚しよう』と。そういうムーブメントが、ホクレアの奇跡から生まれたんですよ。
本当はそこに日本も参加しないといけないと思うんですが、日本の場合はまだ思い出していないし、思い出すベースが今のところないんですよね。そこで彼女たちの世代がやることで、40年後ぐらいには、日本のカヌーもそのフェスティバルに参加できるようなことになるんじゃないかと予測しています」
●その道筋を自分の娘さんがやっているということですが、そのことに関してどうですか?
内田さん「ホクレアのトレーニングをハワイでやってホクレアに乗った日本人は彼女が初めてなので、そこから今の日本が忘れている何かを日本社会に伝えることが彼女の役割になるんじゃないかと思っています」
※そんなホクレア号をキッカケに、新たな伝統的な航海カヌーが7艘建造され、現在、南太平洋の島々に散り、活動しています。沙希さんは昨年、そのうちの1艘「マルマル・アトゥア号」にクルーとして乗船して、ニュージーランドからクック諸島のラロトンガ島まで航海しています。その航海はどんなものだったのでしょうか?
沙希さん「全部で3000キロぐらいで、行きは16日間ぐらいかかりました」
●天候とかは大丈夫でしたか?
沙希さん「行きに1度嵐にあって大変でした」
●どうやって対処しましたか?
沙希さん「風がすごく強くなるので、帆を一番小さくします。そうしても舵取りが重くなるので、1人だとすごく大変になってきます。なので、なるべくすぐに交代して舵取りしつつ、他のクルーはなるべく上に上がってこないようにしてました」
●沙希ちゃんはそのとき舵取りしたんですか?
沙希さん「たまに持ったりしていたんですが、やっぱり重いので、手伝ってもらったりしていました」
●そのときはどんなことを思っているんですか? 「早く嵐が過ぎ去ってほしい」って思っているんですか?
沙希さん「嵐はいつか過ぎ去るので、怪我を絶対にしないように気をつけてとかぐらいで、そこまで考えてないです(笑)」
●(笑)。沙希ちゃんすごいじゃないですか! 沙希ちゃんぐらいの年代の子だと、普通ならそれだけ大きな嵐がきたらパニックになっちゃいますよ!
内田さん「それが訓練の賜物で、訓練したおかげで、精神が鍛えられたということですよね。さっき彼女が行ったように嵐はいつか過ぎ去るので、海をどう理解するのかが大事ですよね」
●お父さんの言葉を聞いて、どうですか?
沙希さん「確かに訓練があったから、そういう状況になっても冷静になれていたし、逆にパニックになったら余計危ないということは私も他のクルーも理解していることなので、トレーニングしたおかげだと思います」
●訓練って大事ですね!
沙希さん「それでも嵐に遭うと全く寝れなかったりしますし、寝る場所によってはすごく揺れてすぐ起きたりしますし、それでいて当直がキツくなるので、体力的にみんな辛いですね」
●じゃあ、嵐が過ぎ去ったらみんなヘトヘトじゃないですか?
沙希さん「そうですね。でも、嵐が過ぎ去ったときに出てくる太陽を見ると『やっててよかったね!』っていう気持ちにみんななるんですよね」
●どんな太陽なんですか?
沙希さん「嵐が過ぎ去ったあとなので、出てくるのが大体分かっているんですが、みんなまだかまだかと待っているんですよね。太陽が出てくるのって、日常生活だと普通のことなので、そこまで意識しないじゃないですか。でも、そういうときの太陽は見てるだけで涙が出そうになる太陽でした」
※昨年5月、クック諸島の独立50周年を記念して、ラロトンガ島で“カヌーの魂の祭り”というフェスティバルが開催されました。南太平洋の島々に散っていた航海カヌーが5艘集合し、儀式や盛大なお祭りが行なわれたそうです。沙希さんはその記念イベントに日本人としてただ1人参加し、“ハカ”という踊りのようなものを、クルーみんなと一緒になって披露したそうです。どういう意味があるのか、内田さんに解説していただきました。
内田さん「ラグビーのニュージーランド代表の“オールブラックス”という世界一強いチームがあるんですが、彼らが試合前にやっている踊りのようなもので、元々はカヌーが他の島に行くとき、上陸できるかどうかはその島が決めるので、その島の人たちに対して自分たちはどういったもので、どこから来て、この船はどういったものなのかといった自分たちのアイデンティティを伝えるための手段だったんです。
ラグビーの世界はイギリスの人たちが始めたスポーツですが、そこにポリネシアのチームが参戦し始めたときに、オールブラックスがそういう意味合いで始めたことが西洋の人たちにとっては“戦いの踊り”と誤解されたんだと思います。以前のラグビーの世界では“ウォークライ”と言ってましたが、今ではみんな“ハカ”というようになりましたね。それは、この40年のカヌー文化がハカを浸透させた結果だと思います。それで、この前のワールドカップで注目されたと思いますね。そのぐらい、ラグビーとカヌーは似ている世界があると思います。だから今、ポリネシアのチームが強いんだと思いますね。俺もラグビーをやっていたんで、その辺りはすごくよく分かります」
●全然繋がりのないものだと思いましたが、そういう共通点があったんですね。沙希ちゃん、実際に踊ってみてどうでしたか?
沙希さん「女性はオールブラックスの人たちのように力強くやらずに、女の人のやり方みたいなものがあるので、それでやってました。一緒にやっていても気持ちが高まってくるんですが、そこに入っていたので、鳥肌が立ちました。そのときは5艘のカヌーでやったんで、すごい人数だったんですよ」
●ちなみに、どんな踊りなんですか?
沙希さん「手で体を叩いたりして、足は足踏みするぐらいです。それにすごく目を見開かないといけないんですが、私も練習したんですが、全然見開けないんですよ(笑)。『もっと目開いて!』って言われるんですが、限界まで開いているんで、『これ以上は無理』って思ってました(笑)。ハワイでも同じようなものがあるんですが、今ではもうあまりやらないんですよね。男性も今ではフラが主流なんです」
内田さん「ハワイはハカのことを忘れていたんですよね。ホクレアの最初の航海でタヒチに着いたとき、マオリ族の人たちがニュージーランドからタヒチに来ていて、ハカで出迎えたんですが、ホクレアの人たちは自分たちのハカがなかったので、『アロハ』って言っただけだったんですよね(笑)。そのときに500年ぶりにタヒチに行ったんですが、その間に忘れていたことがかなりあったということにホクレアの人たちも気づいたんですよね」
※クック諸島のラロトンガ島でアルバイトをしながら待機していた沙希さんは、今度は航海カヌー「ハウヌイ号」に乗船し、ニュージーランドに戻ることになりました。そのとき、キャプテンからこんな提案をされたそうです。
沙希さん「『女の子だけでやってみる?』って言われたんですよ。そこで『やらせてください!』っていって、女子だけのチームでやってみました。これまでの航海で一度もないし、聞いたこともなかったので、異例でしたね」
●そうですよね。実際にやってみると、男性がいないと大変なこととかあったんじゃないですか?
沙希さん「やるとは言ったものの、やっぱり不安なところがありました。男の子たちと比べると力は弱いし、体の大きさも違うので不利な面もあったりしますが、そういうところは自分たちでも分かっているので、みんなで協力して色々なことをやりました。男の子は1人でやれたりするので、『大丈夫』って断ってきたりすることもあるんですが、私たちは女子グループにいる子がやっているときは、みんな見張っていて、何かあったら助けにいけるようにしていました。いつも協力できるグループになりました」
●結束力が強いチームになったんですね。内田さん、女性が強くなりましたね。これからは女性のカヌーイストがどんどん登場してくるかもしれないですね。
内田さん「ずっとシーカヤックをやってきて感じていることなんですが、女性の方が海に馴染むんですよね。初めてシーカヤックに乗って転覆するのは大体男なんですよ。俺、女性になったことがないのでよく分かりませんが(笑)、これは、女性特有の価値観が海に馴染むんだと思います。“海に身を委ねる”という気持ちが、男よりも強い感じがします。男は“自分でなんとかしよう”と思っちゃうんですよね。それだと海は容赦しないので、そういった気持ちを持つまでは男は海に馴染まないんですよね」
※ホクレア号航海プロジェクトが進めている“マーラマ・ホヌア世界一周航海”は現在も進行しているんですが、この世界一周航海には、もう1つこんな意味があるのではないかと内田さんはおっしゃっています
内田さん「カヌーで世界を周るということは、海側の視点から世界を見ている人たちが、今、陸上で起きている問題を見ると、地球の7割が海で3割が陸なので『狭いところで揉め事を起こしてるね』という考え方が必然的に身につくと思うんですよね。そういう視点から陸上の問題を海側の視点から癒していこうという感覚ですね。
そういう意味では、海って平和な世界なんですよね。そういった平和な世界から見ると、テロとか価値観の違いで殺しあうっていうのが理解できないんですよ。そういう感覚を海の人たちはみんな持っているんじゃないかと思います。逆に、みんながカヌーで航海できるようになれば、みんなそう思えるんじゃないかと思いますね。そういう世界をホクレアが目指しているんじゃないかと思います。“海という巨大な空間から地球をもう一度見直す”ということをホクレアが率先してやっている感じがしますね」
※この他の 内田正洋さん・内田沙希さんのトークもご覧下さい。
今回1年ぶりに内田親子にお会い出来たんですが、この1年間で色々な経験をして、沙希ちゃんがさらに成長していましたよ。女性だけのチームで舵を取ったり、厳しい嵐を体験したり、その中で見た太陽は涙が出るほど美しかったとおっしゃっていましたが、その言葉は、本当に厳しい自然と対峙した沙希ちゃんだからこそ出てきた言葉なんだと思います。内田さんがおっしゃっていた“海側からの視点”。これから沙希ちゃんがその視点で様々な事を伝えてくれると思うと、楽しみですね。
内田さん親娘がリレー形式で連載しているサイト上のコラムがあります。今回、沙希さんが話してくれたクック諸島で開催されたカヌーのお祭りや、嵐のあとの神々しいほどの太陽の写真なども載っています。ぜひご覧ください。
ホクレア号航海プロジェクトが進めている世界一周航海の最新情報については、ポリネシア航海協会のホームページをご覧ください。