今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、角幡唯介さんです。
ノンフィクション作家・探検家の角幡唯介さんは“謎の峡谷”と呼ばれたチベットの大秘境を探検し、その模様を描いた2010年出版の本『空白の五マイル』で“開高健ノンフィクション賞”など、数々の賞を受賞。そして、その後発表した『雪男は向こうからやって来た』や『アグルーカの行方』でも賞を受賞するなど、ノンフィクション界の気鋭の作家として注目を集めています。
そんな角幡さんが先頃『探検家、40歳の事情』というエッセイ集を出され、4年ぶりにこの番組にお迎えすることができました。今回は、角幡さんが足掛け4年行なっている北極圏での極夜の探検のお話や、子供ができて、すっかり子煩悩になってしまった探検家の素顔にも迫ります。
●今回のゲストは、ノンフィクション作家・探検家の角幡唯介さんです。お久しぶりです。
「お久しぶりです」
●2010年の初出演以降、毎年出ていただいていましたが、今回は前回から4年ぶりとなりました。
「しばらくサボってたわけじゃないですけど、色々と状況が変わって、執筆活動をしていませんでした」
●どうやら、結婚をされて、子供も生まれたみたいですね。
「そうですね。子供が生まれてから生活が一変しましたね」
●どのように変わりましたか?
「探検とかしてるより、子供といた方が楽しいですよね(笑)。子煩悩になっちゃいましたね。あと、子供の将来がすごく楽しみなので、死ぬがすごく怖くなりました。自分の将来はある程度分かるじゃないですか。子供の将来はどうなるか分からないという面白みがあるから、見たいんですよ。それが死んでしまって見られなくなるのが嫌なので、そういう意味での“死のリアリティ”が出てきましたね」
●そうなると、冒険のスタイルも変わったりしますか?
「スタイル自体は変わっていませんが、行動が慎重になりました。例えば、山に行っていたとしたら、昔は“なんとかなるだろう”って思って無理矢理行きがちだったんですが、最近は子供の顔がチラッと浮かんできて“いや、ここは安全に行こう”と思いますね」
●探検家の方ってエクストリームな感じで、雑念ってあまりないのかなって思ってました。
「いや、雑念まみれですね(笑)」
●(笑)。そんな探検家の本音や事情に触れた『探検家、40歳の事情』という新刊を出されたんですよね。
「はい。探検中に家族のことが思い浮かんだりして、家族を持ったことによって、どういったことを考えているのかといった、探検と家族のちょっとした絡み、みたいなことをまとめています」
●探検家の方も、私たちと同じ普通の人間なんだなと思いました。
「もちろんそうですよ! 普段は何の面白みのない小市民ですよ(笑)」
●今回の本を読んで、どうしても気になることが1つあるんですね。探検の途中で結婚指輪を無くしていますよね?
「無くしました。グリーンランドの旅の途中で無くしたんですが、その後の話はこの本には書いていないんですね。衛星電話を持っていたんで、すぐに電話をしました。すごく怒られるかなと思っていたんですが、向こうは旅のことを心配していて、僕が無事に帰ってくることに安堵していたので、指輪のことはそこまで問題視されませんでした」
●本のイメージとは違って、優しい奥さんじゃないですか。
「僕の奥さんは、僕の本を読むと“こんなにひどいように書いて!”って怒るんですが、僕と結婚した以上はそういう運命だと思って、諦めてもらうしかないですね(笑)」
※角幡さんが今最も力を入れている“北極の探検”がどんなものなのかうかがいました。
「今年は30日に出発するんですが、この4年ぐらい“冬の探検”ということで、グリーンランドのシオラパルクという村をベースにして活動しています。冬の北極圏は“極夜”といって、太陽が昇らない夜が続く時期に入るんですが、月や星で方角を確かめたり、月明かりを頼りに行動したりして、最後に4ヶ月ぶりに出た太陽を見て、古代人のように崇めるという、そういう旅です」
●極夜の旅って、どんな感じなんですか?
「やっぱり“暗い”ということの怖さは、行ってみないと分からなかったんですよね。グリーンランドの前にカナダのケンブリッジベイの近くで1ヶ月ぐらい実験で歩いたことがあるんですが、風がものすごく怖いんですよね。昼間に行動していたら“まだ行けるな”って思うような風でも、暗いとものすごく強く感じるんですよ。そういう意味で、様々な判断が難しくなるんですよね。
また、単純に暗いので、周囲の地形等が分からないですし、僕はGPSを持っていっていないので、自分の位置を確認する作業も難しいです。
太陽が出ないので、装備も乾きません。普通の極地探検だと、寝袋を昼間ソリの上に広げておいておけば、寒いんですが乾くんですよ。それもできないから、寝袋の中にどんどんどんどん凍っていって氷の玉みたいなものができていくんですよね」
●そうなると、どうするんですか?
「どうしようもないんですよね。あるとき、1日停滞しないといけないときがあって、余った燃料で寝袋を乾かしたことがあるんですが、もうそこまでいくと、溶けた氷が下に移動するだけで、乾かないんですよ。そういう装備の難しさがありますね」
●そう考えると、太陽って偉大ですね。
「あるとないとでは全然違いますよ。太陽の意味や風の怖さ、月のありがたさも感じますね。月があるのとないのとでは、世界が一変するぐらい違います。月が出るときと出ないときもあります。例えば、シオラパルク周辺だと、月が完全に出ない日が1ヶ月の間に1週間から10日ぐらいあります」
●月が全く出ないと、どのぐらい暗いんですか?
「星明りで薄ぼんやりと見えますが、基本的には見えないですね。それだと、氷が怪しいところとか、クレパスが危険なところとかは行けないですし、小屋に立ち寄らないといけないときは見逃してしまうことがあるので、そういうときは月がしっかりと出ているときじゃないと行けないですね。なので、月の暦に従って行動します」
●満月のときは、明るさが違いますか?
「満月のときは、昼とまではいきませんが、周辺の地形や氷の状態はほぼわかりますね」
●そうやって月の暦を意識して探検していると、自分もそのサイクルに合わせて変わってきたりしませんか?
「そうそう、そうですね。時間の感覚も変わってくるし、そこではそういうことに従って動かざるを得ないんですよ。だから、地球との一体感とまではいかないけど、地球の中で動いている感じはものすごくありますね」
※角幡さんは、目印となるようなものがない北極で、どうやって進む方角を決めているのでしょうか?
「最初にコンパスである程度の方向を確認したら、星の動きをもとに、自分の行きたい方角に進むといった感じですね。僕はGPSを持っていっていないので、六分儀という昔の航海器具を使って星の角度を測って計算して、自分の位置座標を出してナビゲーションをするということをしています」
●角幡さんは現代文明に頼らない旅のスタイルでしたね! それは相変わらず続けているんですね。改めてお聞きしますが、なぜそのスタイルにこだわるんですか?
「簡単に言ってしまうと“面白くない”んですよ。例えばGPSを使ってしまうと、北極と僕との間にワンクッション入ってしまって、僕が北極そのものに関われなくなっている感覚があるんですよね。初めて北極圏に行ったときはGPSを持っていったんですが、そのときにものすごく違和感があって、北極の上を歩いているんですが、表面を引っかいているだけな感じがしたんですね」
●今、犬と一緒に旅しているんですよね?
「グリーンランドに行ってからは、犬を1匹連れて一緒に歩いています」
●名前は何というんですか?
「“ウヤミリック”といいます。向こうの言葉で“首輪”という意味の言葉です。向こうの人は名前にそこまで意味をもたせないんですよね。彼らはその辺に目に付いたものを名前にすることがあるみたいなんですね」
●ということは、首輪がたまたま目に入ったから、それを名前にしたんですね。
「だと思います」
●そういう名前を角幡さんが付けたわけではなく、元々そういう名前だったんですね! 写真で見たんですが、毛並みが白くてちょっとクリームがかっていて、目が金色で、かっこよくてすごく賢そうですよね!
「いや、賢くはないと思います(笑)。割とキレイな顔立ちをしていて、体も大きくて性格が良さそうだったから、その犬を選びました」
●犬との旅はどうですか?
「1人より心強いですよね。精神的に楽になりましたし、独り言の相手になってくれますし、シロクマが来たときに吠えてくれるだろうという心強さがありますよね。犬を連れてからはまだシロクマに遭遇したことがないので、本当に番犬機能が働くかはよく分かりませんが(笑)」
●(笑)。犬を連れているということは、犬ぞりですか?
「犬ぞりは5~6匹、多いときに10頭ぐらいでソリを引かせるんですが、僕の場合は1頭なので、僕と犬でソリを引いています。あくまで補助ですね。とはいえ、かなり引いてくれますね。70キロ分ぐらいは引いてくれます。例えば150キロの荷物をソリに乗せたとしたら、半分ぐらいは犬の力で引いてくれていると思いますね」
●頼りになりますね!
「今は頼りになりますが、最初は全然ダメでしたね(笑)」
※角幡さんはグリーンランドのシオラパルクという村を拠点に活動をしていますが、そこに暮らしている人たちは、今はどんな感じなんでしょうか?
「グリーンランドではまだ犬ぞりを使っていたり、カヤックでクジラ狩りをしていたりと、伝統的な狩りの手法は残っているんですが、同時に僕らと同じIT技術が入り込んできていて、若い人はみんなスマホでFacebookをしていたりしますね」
●そういうのを見てどうですか?
「今はどこでもそうですからね。そんなテクノロジーによってシステム化されている世界的な流れの外側にどうやって行くかを最近はよく考えています」
●それが“探検”になりますか?
「そうですね。“探検”は元々、地図の外に出ることだったと思うんですが、今はそれよりも、僕らが住んでいる社会の大きなシステムの外にどうやって飛び出すかを考えますね」
●最後に、角幡さんが探検を通して伝えたいことを教えていただけますか?
「今は外に飛び出すことが難しい時代だと思います。全てのことがやり尽くされた感じがするかと思いますが、そうじゃない世界があるということを、僕の本を読んだり、僕の活動を通して、知ってくれたら嬉しいですね」
(この他の角幡唯介さんのトークもご覧下さい)
街灯があるところを毎日歩いていると、月明かりのありがたさを感じることってなかなかないですよね。そんな風に便利さの中で私たちが忘れてしまっていることを、角幡さんの探検を通して改めて感じました。ぜひこれからも、角幡さん流の探検を続けて欲しいですね!(奥様に怒られない程度に)
文藝春秋/本体価格1,250円
角幡さんの新刊となるこの本は、結婚して、子供ができて、すっかり変わってしまった探検家の小市民的な素顔が満載のエッセイ集です。
角幡さんの最新情報はオフィシャル・ブログをご覧ください。