今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、アウトドア落語家・林家彦いちさんです。
彦いちさんは1969年、鹿児島生まれ。1989年に林家木久蔵師匠へ入門。2002年に真打昇進。アウトドア派として知られ、落語家仲間と無人島に行ったり、カヌーイストの野田知佑さんや作家の夢枕獏さんとカナダ・ユーコン川を下ったり、さらにはシルクロードやロシア・バイカル湖を旅したりと、辺境の地を好む、まさにアウトドア落語家なんです。
今回はそんな彦いちさんに、エベレストで仕方なく挑戦することになった命がけの落語、そして八ヶ岳山麓の畑で行なっている野菜づくり、さらに和風のツリーハウス構想についてうかがいます。
※彦いちさんは2015年に、この番組でも取り上げた、岡田准一さんや阿部寛さんほかが出演されている映画『神々の山嶺(いただき)』の撮影現場、エベレストに陣中見舞いのために行き、なんと標高5,200メートルの高地で落語を披露したそうです! 一体どういう経緯だったのでしょうか。
「夢枕獏さん原作の『神々の山嶺』が映画になるということと、(前々から)“ヒマラヤ(のような山)に行きたいなぁ”と思っていたので、行ったんですね。イラストレーターの寺田克也さんと夢枕獏さんと、僕、それとあともう一人、蕎麦屋の太田さん」
●蕎麦の出前ですね(笑)!
「ルクラ(空港)からちゃんと歩いて行ったんですけど、そしたらベースキャンプの一番最後のロッジのところで(映画スタッフが)撮影をしていたんです。そこで合流しまして、僕も少し出演させていただいている縁もあるんですが、『神々の山嶺』の平山監督がすごく落語好きなんですよ。“朝から昼席、夜席とずっと通しで見るのが趣味だ”って言っているんですよ。正月は70席ぐらい見ている、そんな方なんです。
寺田さんがあっという間に絵をささっと書いて、すると阿部寛さんとか岡田准一さん、スタッフの方達が“おお〜!”って言うんですよ。太田さんは蕎麦屋なんで、出前をうって……。“一芸がある人はすごいなぁ…”と言って、なぜかみんな僕の方を見るんです。“一芸があると、いいですねぇ…”と言って、また僕を見るんです。標高5,200メートルで酸素も薄かったんで、僕は全然状況がわからなかったんです。“聞きたいなぁ、師匠、聞きたいなぁ”って言うんですよ。“ええっ!? 何言ってんですか!?”って感じでしたよ。
食べ物とか生きるために必要なものは、低酸素だし、かなり喜ばれるんですけれど、落語っていうのは本当に、余裕がないと楽しめるものではないと思うんですね。なので、飲み屋で“ちょっと小噺やって!”とか“謎かけやって!”というのともわけが違うんですよ。そんな中“反対俥(はんたいぐるま)を聞きたい!”と監督が言ったんです。反対俥っていうのは人力車のお話で、僕が知る限りではもっとも酸素を使う噺ですよ」
●それをリクエストされちゃったんですね(笑)。
「さすが、お正月に落語を70席聞いている人は違うわけですね。最も酸素を使う噺を監督がご所望なんですよ、湯たんぽを抱きながら。
確かに、こうやって後々喋るネタにすることを考えたら、それをやるのが一番かなぁと思ったんですが、でも本当に極限状態なんで、寺田さんがいつになく“いや、あんまり無理しなくていいから…”と言う、そんな状態の中だったんです。そしたら阿部寛さんが“私が聞きますよ!”って言うんで“わかりました! 聞いてくださいよ、私の生き様を!”とか言って一生懸命しゃべったんですけど、酸素が少ないから舌がもつれるんですよ。
最初はそれこそ、小噺とかでお茶を濁そうと思って、反対俥はさわりだけやろうと思ったんですよ。そうやっていたら、みんな顔は笑うんですけど“ハァッハァッハァ……”って苦しい感じなんです。“これはもう、反対俥をやらなきゃな”と思って、途中アレンジしながらもやりましたね。
ああいう時の脳みそってどうなんですかね? 普通の平地よりちゃんと動いているのかわかんないですが、最後はエベレストまでやってくるという話にして、“ららららっ!”って走りました。きちんと話せているかもわからなかったですけど。
人って、なんか限界を超えてやるのって見てて面白いと思うじゃないですか。だから多分、話の面白さよりも、人が追い詰められている感じが面白かったのではないかなと、今では思いますね。もう、やりきった感じでしたね。終わって、監督から酸素の差し入れをいただきましたね」
●なかなかないですね、酸素の差し入れって(笑)。
「日本円だと3000円ぐらいなのかな、標高によってどんどん値段が変わってくるんですけれど、標高が高い方が値段も高くなってくるんですよ。そんな酸素の差し入れをいただいた記憶がありますね」
●彦いちさんは他にも、行ってるんですよね?
「行きましたね〜! “奉納小噺”をやっていますね。バイカル湖を見下ろす丘の上でやるんですが、“バイカル湖は深いねぇ。そこまでは気がつくまい”っていう伝統的な小噺を、もっとも深いバイカル湖に奉納するんです」
●“深い”つながりですね(笑)。なぜ、そんな辺境の地に落語を奉納しようと思いついたんですか?
「退屈だからじゃないですか? そこに行った人しかできないことはやった方がいいので。月面でやってみたいですね! まぁ、(エベレストの)ベースキャンプで反対俥をやることになるとは全然思っていなかったので、これはギネスに申請できますね。見ている人もたくさんいましたから」
●他にいないですよね、エベレストで落語をやった人なんて!
「誰かギネスに申請して欲しいですねぇ。bayfmでやって(笑)! 証言者はたくさんいます。“苦しんでいた”という証言がたくさん出てくると思います!」
※様々な辺境の地を旅した彦いちさんですが、数年前から八ヶ岳山麓の畑で野菜作りにハマっているそうです。一体どんなものを育てているのでしょうか。
「葉物をずっとやっていたんですけれど、まぁ時々しか(畑には)行けないし、あと無農薬でやっているんですよ。農薬の撒き方をよく知らないんですよね。で、葉物が一発でやられたんで、あとは根菜類や、もうちょっとしたらニンニクや玉ねぎがとれるんです。
冬場は土の中で育つものをやって、5月ぐらいに畑開きなんですよ。みんなそれぞれが食べたいものを植えるんですよ。イタリアンのシェフの人も参加しているんですが、そのシェフが参加してからロマネスコとかハーブとか、結構オシャレなものも畑にあったりして“いつの間にこんなオシャレな畑に!?”っていうことになったりもしているんです(笑)。
そんな感じで自由にやっているんです。ジャガイモなんて相当とれますからね! カメラマンの佐藤秀明さんからいただいた“治助(じすけ)イモ”という、粘りのある小っちゃな芋なんかを植えたりして、秋ぐちにみんなで取って食べたりしていますね。
それで、トウモロコシを毎年やっているんですけれど、あれって収穫時期が難しくって、他の作物もそうなんですけれど、甘くなったその瞬間が一番食べ頃なんですよ。となると、自分の休みと(収穫時期が)重ならない時は“もうちょっと待ってください! あともう少しで、美味しくなりますよ”って地元の方が言うんですね。なのでそれを待っていると……猿にやられるんですよ」
●ああ〜!
「10回、戦って8回は負けてる感じですね」
●負け越しているんですね。
「猿が本当にね、人がかじるみたいにトウモロコシを食べて置いて行くんですよ」
●それは腹が立ちそう(笑)。
「すっごい腹立ちますよ! 美味しいトウモロコシは生で食べられるんで、猿のかじっていないトウモロコシの横っちょの部分をちょっともいで口に入れたりして、“あ〜、悲しいなぁ”って思ったり(笑)。トウモロコシは、毎年が戦いですね。
もう猿のことを“あいつら”って言いますけれど、だってあいつらはトウモロコシを口にくわえて、両脇に抱えて走っているんですよ! 地元の人がその姿を見たって言うんですよ。
それでいろいろ考えたんですが、普通、畑は四角形に分けるじゃないですか。そこで円形の畑を考えたんですね。トウモロコシを真ん中、それを囲むようにネギだとか青汁のケール、ハーブとか、ちょっと臭いけど、強い物を円状に囲っていく作戦をやったんですよ。そしたら臭いで近づけないだろうと思ったんですね」
●どうでした!?
「そうしたらですね……ちゃんとトウモロコシを持って行かれました」
●円形は意味がなかったんですね(笑)。
「意味はなかったですね。そして収穫に行った時も、雑草も含めて円形の畑ってどこに何があるのかわからなくなるんですよ(笑)。“なんだこれ!?”って、エラいことになりました。だからやっぱり、畑は四角形でやった方がいいのかもしれない。図面にすると結構美しいんですよ。当時はよく図面にしてイラストに起こしたりもしたんですけどね」
●人間は何がどこにあるのかわからなくなっちゃうのに、猿はちゃんとそこだけわかってピンポイントで狙ってくるんですね。
「そうなんです、真ん中のトウモロコシだけがないんですよ。ケールやカモミールは残っていたんで、その年はおかげさまで健康になりました(笑)」
●(笑)。でも、そうやって自分たちで育てた作物って美味しいんじゃないですか?
「美味しいです! 甘くってねぇ……。野菜がこんなに甘いんだっていうことを再確認しますよね。本当にボリボリそのままかじっても美味しいですから!」
※さらに彦いちさんは、その野菜畑の近くで、数年前からツリーハウスも計画しているそうです!
「これね、数年前から(作れる場所を)ずっと探していて、もうツリーハウスを自宅にしたいと思っているぐらいなんですよ。木の上に住んでいる噺家!」
●かっこいい!
「僕のところに去年、弟子が来たので、ツリーハウスを掃除してもらおうかな」
●おお、弟子の方も楽しそうですね!
「“うちは木の上に登らないといけないんですよ”っていうのを一門にしていこうと(笑)」
●弟子入りするためには、まず木登りができないと(笑)。
「うちは“林家”ですからね! 登っていただかないと!」
●雑誌BE-PALさんの情報によると、“和風のツリーハウスを作ろうかな”と彦いちさんがおっしゃっていたとか。
「それ、いいですよね! 障子とか火鉢、縁側があったりすると、ちょっと風流ですよね。いい木があればご一報いただければ、見に行きます(笑)! 地元の大工さんもスタッフの方でいらっしゃるんで。スタッフの中にも(畑のほうに)移り住んだ人もいるんですよ! それぐらいみんな、そこに愛着を持っているんで、僕がそこにツリーハウスを作って、お醤油をその人の家に借りに行く、という長屋感覚みたいなことができると面白いなと思っていますね。
僕らは基本的に東京にいるんですけれど、通勤で毎日一定の場所に行っている、というような仕事ではないので、そういうのもいいかなと思いますね。基本的には僕は江戸前の噺家ですので……あ、言い過ぎました(笑)。“八ヶ岳前の噺家”として、そういうのも面白いですよね」
●(笑)。そのツリーハウスで落語はどうでしょうか?
「密室ですからね。5人限定で(笑)!」
●いいですね〜! どんな話をされますか?
「エベレストでやった話とか、八ヶ岳まで行く人力車の話とか(笑)」
●楽しそうだな〜!
※それでは最後に、アウトドアと落語の共通点をうかがっていきましょう。彦いちさんの得意技は“新作落語”なんですが、そんな落語には、自然から感じたことも生かされているそうです。
「そういうもの(自然の中から感じたこと)は結構、ネタに反映されますね。そういうのが原体験だったりするんですね、僕は鹿児島の海で育ってきたので。そういうのがフィードバックしてお噺しになったりもしますね。『長島の満月』っていう噺がそのまま絵本になったりしていますし、それはそれでひとつの広がりだなと思っていますね。
アウトドアが決して落語に向かないわけではなくて、ファンタジーとかSFものも手がけるんですけれども、自然の中にいるからこそ、そういうのも感じたりする、っていうこともあるじゃないですか。都会にいなければ感じられないこともありますし、落語っていうのは創造の芸能なので、そういうのが上手く落語の中で融合できるといいなと思って、いろいろつくっていますね」
●彦いちさんの中では、そのあたりが落語とのつながりなんですね。
「そうですね。僕は全然(落語とアウトドアは)別ものとは思っていないんですね、落語も季節感を感じるものではあるので。古典落語だって僕もたくさん手がけますけれども、やっぱり風を感じたりとか、繊細な味を楽しんだりとかっていうのは大事ですね。スーパーに並んでいる物がダメと言っているわけじゃないですけれど、それは畑のとれたての物とは違うじゃないですか。そういう違いのようなものは、落語の表現にも出て来ますよね。なので、なんら変わらないと思います」
●自然の中にいると五感が研ぎ澄まされるじゃないですか。そういう感覚を持ってまた落語を聞きに行ったら、もっと落語を楽しめるんじゃないかと思うんですよね。
「あ、そうですね! 今は女性のお客さんが増えていると思うんですけれど、みんな旅に行くじゃないですか。だから想像力が豊かになっているのではないかなと思いますね。もう、どんどん(アウトドアに)行けばいいですよ! そして寄席に来ればいい(笑)。そうするとより一層、自分の描く風景がもっともっと広がると思うんで。やっぱり、想像力ですね。
東京も本当は五感が研ぎ澄まされる都市ではあるはずなんですけれど、情報があまりにも入ってくるから、その余地がないんですね。だから時には目や耳を閉じてみたりすると、別のものが見えたり聞こえたりする、ということではないでしょうか。ちょっといいことを言いました(笑)」
※この他の林家彦いちさんのトークもご覧下さい。
私も落語が好きで何回か寄席に行ったことがあるんですが、扇子一つで蕎麦を表現したりと、想像力が物を言う世界ですよね。そんな想像力を自然体験でもっと研ぎ澄ませれば、更に落語を楽しめるとは新発見でした。「落語とアウトドア」。意外と繋がりが深いのかもしれませんね。
彦いちさんの落語を聞きたいかたは、ぜひ上野にある鈴本演芸場に行きましょう! 3月21日から30日までの夜の部で、彦いちさんがトリを務めます。夜の部は夕方5時半開演。お弁当、飲み物を楽しみながら、高座を見る。いいですね〜! 入場料金は大人2,800円。アクセス方法など、詳しくは鈴本演芸場のオフィシャルサイトを見てください。
彦いちさんの生まれ故郷、鹿児島県の長島を舞台にした自伝的創作落語の名作『長島の満月』が絵本となって出版されています。 詳しくは小学館のサイトを見てください。